ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

アウティング 

 

少しブログを書かなかったので、「体調不良ですか?」「なにかあったのでは?」という心配のメールを頂いたりしているが、そうではなく、単に温泉に浸かっていただけ。旅館でパソコンを開く気にはどうしてもなれなくて・・・

福島の飯坂温泉にお気に入りの旅館がある。そこでゆっくりしていました。ご心配をおかけしました。

さて、温泉とは全く関係のない話題だが、ある大学の大学院生が自殺をしてしまったという話について考え込んだりしている。その大学院生はゲイで、親友の一人(もちろん男性)に恋してしまい、自分の気持ちを正直に話してしまった。「君のことがずっと好きだった。つきあって欲しい」と。すごい勇気だなと思うが、自分の気持ちを偽って生きていくのが辛かったのではないだろうか?そんなふうに思う。相手はヘテロだったので、「つきあうことはできない。でも親友であることは変わらない」と。まぁ、その大学院生は失恋してしまったわけだが、それは想定していたであろうと思う。僕が考え込んでしまったのは、その部分ではない。同性愛者よりは異性愛者の割合の方が多いのだから。

そもそも、恋の告白とか、プロポーズって、断られることだって想定してするわけだし。そこには男女の差もないと思うし、ゲイもヘテロもないと思う。だから相手が断ったからどうこうとは別に思わない。

考え込んでしまったのは、相手がアウティングをしてしまったということだ。アウティングとは耳慣れない言葉だが、他人の性癖などを本人の承諾なく第三者に言いふらしてしまうことを言う。「あいつ、ゲイなんだって」とか「ねえ、C子ってレズビアンだったの。告白されちゃったぁ・・・」みたいに。

大学院生は相手を信じていたのだろう。だからアウティングされたことで傷ついたのではなかろうか?アウティングをその相手から聞いて、その大学院生にゲイであることに対して否定的な言葉を言った人もいるらしい。「ゲイなんておかしい。信じられない。そんなの変態だよ」

心のバランスを崩してしまった大学院生は大学の校舎から飛び降り、自ら命を絶ってしまった・・・

その大学院生は法学部の学生で弁護士を目指していたらしい。相手に対して求めていたのは謝罪の言葉だったらしい。大学にも相談していたらしい。でも自殺してしまった。突発的に・・・だったのだろうか?

さらに考え込んでしまうのは、告白された相手に同情の声が集まっているらしいということ。「オカマから告白なんかされちゃって気の毒だ」みたいなことなのだろうか?

もしある女性がこう言ったらどう思うだろう?「ねぇ、聞いて!A男から告白されちゃった。自分の顔を鏡で見たことあるのかしら?何様だと思ってるのかしら?気持ち悪い・・・」

「そうよね、大変だったね」と思うだろうか?、むしろその女性の品性を疑うのではないだろうか?だったら何故告白した側がゲイというだけで告白された側、しかもアウティングをした側に同情の声が集まるのだろう?

北米の自殺者の30~40パーセントがLGBTの人だという統計があるらしい。やはり人と異なるということは攻撃の対象になるのだろうと思う。日本ではそのような統計はない。カムアウトしている人の数が少ないということもあるだろう。

でも日本では一分間に65人もの人が自らの命を絶っている・・・

やはり人と違うということは、いけないことなのだろうか?

ジャック・ルーシェのバッハを聴いたりすると、この演奏はバッハ自身が想定していたサウンドとは、やはり違うものなのだろうとは思う。いわゆる「クラシック」ではないわけだし。でも、もしバッハがジャック・ルーシェの演奏を聴いたら(ありえないが)バッハ自身は「自分の中の普通」とは異なる演奏として排除してしまっただろうか?そんなところも考え込んでしまう所ではある。

kaz




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