ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

擬人化 

 

生きていると、本当に色々なことがある。辛いことだって多い。楽しいことばかりじゃない。「それらのものを織りなしていくのが人生さ・・・」と気取ってみても始まらないが、生きていれば、身体も壮健という状態で病気しらず、疲れしらず、モデルハウスのような家に住み、周囲の人は皆いい人たちばかり、子どもも真っ直ぐ素直に育ち・・・とはいかないものだ。人って何かしらを抱えているものだ。周囲からは、悩み事皆無のカリスマ主婦・・・モデルも兼業しちゃって・・・なんて見える人でも、人には言わない何かしらを抱えているものだ。

でも、そのようなものを抱えて人生を歩んでいくと、「辛かったわ」と回想できる自分が、今いて、呼吸している・・・ということに驚くと共に、深い感謝のようなものさえ感じられるようになる。年齢を重ねるっていいこともあるんだよ。

音楽って、ちょっとだけ甘えさせてくれるような気がする。僕だけかもしれないが、そしてその様子を周囲が見たら、それは相当怪しい人に見えるはずだけれど、譜読みや練習中の時、弾いている曲のある部分に対して、擬人化してしまうことがある。

「ああ、君もそう感じるんだね?辛いよね?」みたいな?

曲って、そのような時はいつも男性。見えるわけではないのだが。その曲のある部分に語りかけてしまう。相当怪しいはずだ。

「君もそう感じるんだ?どうやって耐え忍んだの?」そしてその先のある部分でこう語りかける。「そうなんだ、そこまで達観するんだ?どうやって?」そしてさらに「それしかないよね?生きていればそんなこともあるよね?」最後に「そのように感じるという自分が生きているって、生きていたって尊いことなんだよね?君もそう思うんだね」

音楽は言葉で表現できないような感情も表現してくれる・・・これはたしか、バーンスタインの言葉だったように記憶している。そう、音楽は人生の中のある種の感情を代弁してくれる。印刷された音符や記号の集合体なんだけれど、ある部分を音にすると、自分の感情と一致するようなところがある。代弁してくれている。「誰でもそうなんだよ?僕もそうなんだ」と、ちょっとだけ甘えさせてくれるんだ。

シフラって超絶派手派手なイメージが強いが、この人は人生の苦汁を味わった人だ。苦労続きの人生だったのでは?

むろん、貧しい家庭に育ったということもあろうし、ロマの血が入っているということで、偏見に出会うこともあっただろう。戦争というものに翻弄されたところもある。ピアニストにとって最も大事な聴力の半分、右手の腱を負傷する・・・ということもあった。徒歩で国境を超えるんだね。自由を求めて。河を半分以上水に浸かりながら、そして国境を越えた。収容され強制労働を課せられたこともある。最愛の息子が火事で焼死してしまったこともある。

「君もそう感じるんだ、辛いんだ・・・・と」シフラは擬人化はしなかったとは思うが、楽譜とか音楽とか、曲やピアノを「克服するもの」「弾きこなさなければならないもの」のようには感じていなかったように思う。課題としてこなすものではなく、自分の人には語れない、抱えてしまっているものを代弁してくるもの・・・のようには感じていたのではないか?音楽って天使の光のように、荒れた気持ちを包んで癒してくれるんだ。

シフラの数ある演奏、僕が最も好きな演奏はリストではなく、彼自身のトランスクリプション作品の演奏でもなく、この曲・・・

kaz




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