ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音より先に・・・ 

 

友人のルカはギターを弾く。僕は彼の演奏が好きだな。内面から滲み出てくるような?様々な感情が音として迫ってくるような?イタリア人だからか、歌そのもの・・・のような?蛇足ながら、僕もそのような感想を言って頂くことがある。でもルカのように「そう?嬉しいな」みたいに素直になれない。「そんなぁ、適当な、なんちゃって弾きなのでぇ・・・」みたいに逃げてしまう。日本人だなぁ・・・

「ピアノの人って動きが緩慢だよね」かつてルカに言われたことがある。緩慢?その意味だが、音を出す瞬間に指とか手が移動している・・・という意味らしい。つまり、ピアノに限らずだと思うが、音を出す瞬間の前に移動は済ませておくこと。これが楽器演奏の鉄則・・・なのだそうだ。そこがピアノの人は緩慢、意識化がものすごく下手・・・だと。

ギターは音を作り、自分の思うような音を出すまでが、物凄く大変なのだそうだ。「ギターってさ、ここ(と心臓を指す)に一番近いところで音を出す楽器だろ?だから繊細なんだ。ピアノのように誰が弾いても同じ音がすぐに出る楽器とは違うんだ。ギターはハートの楽器さ!」

むろん、僕もピアノ弾きではあるので、このルカの「ピアノは誰が弾いても同じ音」という暴言(?)に反発したくなる。「ピアノは誰が弾いても同じ・・・ではないよ?」と。

でも同じかも・・・とも思う。それは、ほとんどの人が「音を出す」という訓練を受けずにピアノを弾いてしまっているのではないかと最近は感じるからだ。基礎練習、つまり声楽での発声練習とか、管楽器でのロングトーンとか、ピアノにはないよね?

「あらぁ、ハノンがあるわ」ちょっと違うような気がする。バリバリといきなりハノンを、チェルニーを弾くのが基礎練習ではないだろう。もっとその前の、「いかに音を作るか」という部分。たしかに押せば音は鳴るから、なんとなく弾いていても、曲は合格してしまい、それなりに教則本も進み、曲そのものも難度の高いものを弾くようになっていくけれど、「どうしたらいい音で弾けるのかしら?」という根本部分は初歩段階からスルーされてしまっているのでは?ある程度曲が進んで、ふと感じるのだ。「一応弾けるけれど、もしかして印刷されたものをとりあえず並べました・・・のような演奏になっていない?」と。

他の楽器だと、ごく初歩、ドレミ・・・の段階で苦労するところを、ピアノの場合は、かなり進度としては進んでしまってから気づくのでは?

「ピアノの人って動きが緩慢だよね?」このルカの言葉は、別に指の動きが鈍いとか、動かないとか、そのような意味とは違うように思う、ズバリ「準備が遅いよね?」ということのように思う。

音を出す瞬間の直前に「準備」が必要なのだ。自分の理想のサウンド、音世界を実際にピアノで出すために。準備、それは移動と同時に弾く・・・では遅くで、弾く瞬間の直前には、その音の鍵盤に触れていなければならない。これができていない。緩慢だから。

ピアノ以外の楽器とか、あるいはバレエ、そしてフィギュアスケートなどもそうだけれど、凡庸なパフォーマンスに共通しているのは、動きとか音を出すとか、その前の準備が遅い・・・ということだ。意思を反映させる、つまり「このような音が欲しい」という明確なものを音として出すには、準備、感覚としては「音の先取り」のようなものが必要だ。移動と同時の発音、そのような演奏はボヤッとしているというか、ガツンとしているというか、とにかく緩慢、凡庸な印象を与える。

バレエも、もしバレリーナが音楽を聴いて、音楽と同時に踊ったらどうなるだろう?一応身体はそれなりに動かしています、一応振付の通りに踊っています・・・のようになるのではないだろうか?

先の準備が必要なのだ。むろん、音楽とずれて先・・・ではマズイが、全く同時でもマズイのだ。でもバレエって「先取り」という意味では、音楽の演奏を見るよりも分かりやすいように思う。

ザハロワ、完全に音を先取りしているよね?これ、同時・・・ではない。

kaz




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