ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

バーブラの軌跡 5 

 

伝統というもの、伝統の継承というものを考えてみた時に、それは自分勝手というものとは正反対というもののように感じる。「これが自分の感じたものなんですぅ!!!」みたいなものとは違うような?

たとえば、正統的なマズルカの弾き方というものがあって・・・みたいな?ショパンって自分の感情の赴くままではなく、伝統というものに添った演奏が大事で・・・とか?

どこに自分の奥底で火のように感じてしまったものを表現すればいいのだろう?伝統と自分というもの、あるいは自分が感じてしまったものと、どのように折り合いをつければいいのだろう?このあたりは自分にとって一生の追及課題のようにも思える。専門に学ぶ、簡単に言うと、音大で学ぶということは、そのようなことまでクリアしなければ卒業できないのであろうか?そんなことはないよねぇ?

自分が感じたもの、あっ、追っていきないな、なんて素敵なんだろう・・・そう感じた根本不動のものが伝統というもの?それとも伝統というものに自分を合わせていくもの?「こう弾くものだ」みたいなものに?

人々が「あっ・・・」と瞬間的に感じる要素のようなもの、これは過去も現在も、そして未来においても共通しているものがあり、それをつないでいくことが伝統の継承というもの?こう考えるとスッキリはするような気がするが・・・

バーブラはキャリアの初期において、偉大なるジュディ・ガーランド・ショーに出演し、共演している。バーブラにとっては伝説の人物的な人だったと思うので、名誉に感じたのではないだろうかとも思う。「この私が、あのジュディ・ガーランドと???」

デビューアルバムが話題になっていた新人であるバーブラは、偉大なる先輩と、自分との共通点を感じた可能性はないだろうか?ジュディ・ガーランドも「あっ、この子は自分の追ってきたショービジネスというものを受け継いでいく人だ」と感じたのではないだろうか?

映像を観る限り、「なんて生意気な小娘、自分の領域に入ってくるなんて・・・」とはジュディは感じていないように思う。それどころか、自分のショーということもあるのだろうが、新人バーブラを盛り立てている。

ジュディとバーブラがお互いに感じたもの、追っていきたいと感じたもの?かつてはジュディも誰かに憧れ、追ってきたもの・・・それを伝統と捉えたら?その伝統を伝承していく、受け継いでいく・・・

伝統とは「こうあるべき」とか「伝統的な解釈で曲を・・・」とかだけではなく、もっと人々が感動してきた歴史そのもの・・・のように大きく捉えてみたら?

スッキリはする。スッキリはするけれど、「伝統に沿っていない演奏は、どんなに素敵に聴こえても、それは価値がない」みたいな文章もあり、それを読んで全否定できない自分もいたりする。考えていけよ・・・ということなのかもしれないが。

事実としては、この二人の共演は伝説的なパフォーマンスとなった・・・ということは言える。

kaz




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