ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノ教師の一瞬技 

 

これは公開講座に限らず、日頃の密室(?)レッスンでも同じことだと思うが、演奏って音で表現、具現化するものだから、口頭での説明だけでは、どうしても限界のようなものが出てくると思う。その部分を補うのがピアノ教師の演奏ということになる。演奏というよりは、一瞬技・・・かな?

偉大の演奏家のCDでも感動を得ることはできる。ある意味、それは自分が演奏したいという、ピアノを弾きたいという根っこになる部分でもある。それとは別に、レッスンでの教師の音には別の意味もあるように思う。レッスンでは具体的な法則というか弾き方のようなものが伝授されるものとして、そして、その、ある法則のようなものをピンポイント的に説明するものとして、その部分を生徒は自分の間際で実際に教師が実践してくれるということでCD以上に感じることがあるのではないだろうか?

「そこ、なんだか苦労しているようね?」「そうなんです」「そのような部分はこうしてこうすると解決するんじゃないかしら?」そこで生徒は具体的な情報を与えられる、伝授される。そして実践してみる。そこで変わることもあるだろうが、そこでピアノ教師の実際の音、法則の具現化を体験するのとしないのとでは、かなりインパクトとして生徒の受ける印象は異なるのではないだろうかと思う。

「ほら、このように弾いてみるの・・・」教師が一瞬技を披露する。まぁ、弾いてみるわけだ。これは大切なことのように思う。時には自分の音と教師の音との違いに「全然違いますね」と生徒は納得し泣いてしまうかもしれない。公開講座では客席からドッと笑い声が起きたりする場面だ。生徒の音表現と、あまりにも違うので。

「ピアノ教師の仕事は自分が華麗に弾きこなすことではない。生徒を上手くさせること。なので、自分の練習よりも教材研究などのためにセミナーに通ったりする必要があるわけです。真摯な教師は、自分のことよりも生徒のことを考えるものです」

このような意味の(原文そのままという感じだが)メールをピアノ教師の方、複数から頂いたことがある。当時は「ピアノ教師って怖いんだぁ・・・」とか「そんなものなんだぁ・・・」などと思ったものだが、今はこのようなピアノ教師は少数派だと信じている。ピアノ教師自身がピアノを追っていなくてピアノなんて教えられるだろうか?

別にレッスンでリサイタルをして欲しいわけではない。レッスン・・・なのだから。でも教師自身が弾いていないで一瞬技ができるだろうか?「ああ、本当に全然違いますね?」生徒にそう感じさせることができるだろうか?

こうも言えるのではないか、教師自身がピアノ、演奏、音楽に焦がれていないとしたら、なにで生徒を引っ張っていくのだろう?もっと高度な教材?

具体的情報、そして情報を具現化した教師の一瞬技、こんな公開講座があったらいいと思う。

この先生、なんと70歳なのだそうだ。声楽って身体が楽器なので、ピアノ以上に大変なのではないだろうか?でも先生、演奏活動からは引退しているかもしれないが、日頃歌ってるね。でなければこうはできない。なんで歌うの?そりゃあ、歌わずにはいられないからだろう。

生徒も日本でだったら「プロの歌手?」レベルだと思うが、生徒よりも高いところに先生はいる。生徒はこう感じるのではないだろうか?「自分とは全然違う。なんでそんな風に歌えるんだよぉ???」

だからレッスンを受けるのだ。

kaz




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