ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

バーブラの軌跡 2 

 

生活が落ちついて、それはそれでいいけれど、どこか空洞があるような?そんな時に思う。「ピアノ・・・もう一度弾いてみようかな?」と。かつては挫折してしまったけれど、あるいは嫌いでもなかったけれど、もう一度やってみようか・・・

さて、その時に苦労なく自分の想いを表現できればいいけれど、そうは簡単にはいかないこともある。その時だよね。自分よりも上手い人なんかの演奏を聴くと落ちこんだりとかね。「やっぱり自分なんか・・・」と諦めたり、あるいは「悔しい・・・ただチャラチャラ弾いているだけのくせに」と人を蔑んで自分の傷を覆おうとしたり。どちらもいけない。難しいんだけど。自分を引っ張ってくれた動機のようなものに純粋でいれば、いつかは線が結ばれるんじゃないかな?僕はそう思う。赤い糸ってピアノにもあるんだよ。

これはバーブラの最初期の頃の歌唱。二十歳そこそこではないだろうか?最初の頃から歌唱力抜群だねぇ。才能のある人って違うよねぇ。

そうなのだが、これはバーブラが自分を肯定したから、この歌唱があるのではないかとも思う。

「あんたは器量が悪いんだから・・・」母親からそう言われ、義理の父親とは全く上手くいかず、家を飛び出してしまう。貧困生活。歌手としてクラブで歌い始める。さすがに注目されるけれど、「ねぇ、君、その鼻は整形しないとね」と言われる。

「私は自分を一切変えない。風変りなのかもしれないけれど、それが私なんだから・・・これは私の個性。誰にも変えさせない」

Barbra・・・本名はバーバラ。Barbaraのaを抜いてBarbra、バーブラとした。こんな名前の人は他にはいない。他の誰でもない私・・・

他とは違う、そこを自分の武器としたのだ。

バーブラの伝記などにはこう書かれている。そうなのだろう。でも初期の頃の彼女の歌を聴くと、それだけではなく、純粋に歌を愛していたんだと思う。自分を揺り動かした音楽の中の「何か」を妥協せずに追い続けたのだと思う。つまり歌が本当に好きだった。

この動画はジュディ・ガーランド・ショーに出演した時のもの。1963年のことだ。ニューヨークの風変りな、でも抜群の歌唱力を持つ「凄い子」が話題になる、レコード会社と契約、デビューアルバムも予想に反して(?)売れ、グラミー賞をも受賞。全国展開のテレビ出演・・・という頃だ。

「あんたは器量が良くないね」「その鼻は整形しないとね」

「どうせ・・・」ともならなかった。「あの人は表面上美人なだけで・・・」と無意味に人を羨んだりしなかった。

「何か」を信じたのだ。それを感じた「自分」を信じたのだ。

kaz




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category: Barbra Streisand

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