ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

右手を左手に合わせている? 

 

バーブラ・ストライサンドの録音風景を(動画で)見ていて感じたことがある。それは、出来上がっているサウンドを聴きながら歌っているということ。ヘッドフォンを当てて聴きながら歌っている。バーブラだけではなく、ポップス系の歌の録音では当たり前の光景なので、サラッと流してしまっていた。でもこれってクラシックの場合はあり得ないことのように思う。シューベルトの歌曲を録音するのに、すでに録音されているピアノに合わせて歌手が歌うなんてない。歌だけではなく器楽の場合もそうだろう。同時録音(?)がクラシックの場合は普通なのではないだろうか?バーブラの歌唱はヘッドフォンで聴きながら歌っていても「いかにも合わせました」とか「機械的に歌っています」のようには当然だがなってはいない。

すでに固定されたサウンドの間をぬうように、自由自在に歌っている・・・という印象?むろん、バックのサウンドはバーブラに合わせて動いてはくれないだろうから、バーブラもバックとは、ずれないように歌うのだろうが、非常に歌は自由に聴こえる。

「どうして???」なんで機械的な歌い方にならないのだろう?

クラシックのピアノ演奏の場合だと、刻んでいる左手に従うというよりは、意識はしつつ、感じつつも、右手は自由に歌う・・・ということになる?バーブラはこれをしている?

どうしても機械的、音を並べているだけ・・・という演奏になってしまう場合、もしかしたらバーブラとは逆発想をしてしまっているのかもしれない。つまり「左手に右手を無意識に合わせてしまっている」ということ。長年の習慣(?)で、それがピアノを弾くということ、練習の段階、譜読みの段階で、左手に合わせるということがピアノを弾くということになっている?

左手、つまり伴奏の都合が音楽を支配してしまっている?

考えてみれば、導入期の曲だけではなく、ピアノの曲って全般的に左手のほうがメロディーよりも難しいのではないだろうか?つっかえる・・・これはメロディーではなく、むしろ左手の伴奏で起こることではないか?

左手はメロディーと異なり、耳で覚えるという要素も少ないし、音そのものも(和音とか?)メロディーよりも多いし、ベースを中心に跳躍も多い。

「つっかえないで弾けるように練習しましょう」という場合、つっかえているのは左手のことの方が多いのでは?左手は難しいのだ。なので、意識が左手の方ばかり向いてしまうのでは?右手は左手の都合に支配されてしまうというか・・・

これは大昔の歌手、カルロ・ブーティの歌唱。リマスターされているので、割と鮮明な録音に聴こえるが、1930年代とか、その頃の録音。時代を考えると、ブーティはバックのオケと同時に録音していたのだろうが、なんとなくオケの伴奏はズンチャッチャッ系のような気がする。ブーティは伴奏のズンチャッチャッとは、むろんずれてはいない。でも自由自在ではないだろうか?左手に合わせて右手を弾く・・・というのとは真逆の印象。

右手をカルロ・ブーティの歌声のように弾いてみたらどうだろう?その場合、左手の伴奏は、はずれてしまうかもしれないし、多くのミスをしてしまうかもしれない。ベースの音をすべてはずしたりとか?でもいいじゃないか?右手をブーティのように歌ってみたら?

左手に右手を合わせていませんか?

kaz




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