ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

プロだのアマチュアだの・・・ 

 

「あなたたち上級者って初心者をバカにしているんですか?」こんな内容のメールを貰ったことがある。上級者は初心者や中級者だけではなく、そのような人(?)たちが弾く曲もバカにしていると。「エリーゼのために」とか「悲愴の第2楽章」とか・・・

ショパンのノクターン、最も有名なOp.9-2、「このような曲、上級者はバカにしていますよね?」

してないと思う。たしかに有名な曲なので、弾きづらい(間違えると誰にでも分かる・・・とか?)ということはあるかもしれないが。この有名なノクターン、僕はローゼンタールとコチャルスキの演奏が好き、というか、聴くと感動する。

「でもそれってプロの演奏だからですよね?」

プロだから感動する・・・それもないと思う。アマチュアだからとか、初心者だからとか、音大生だからとか、プロだからとか、そのようなことはない。・・・と僕は思う。多くの人はそう感じていると僕は思っている。

「プロの演奏だから感動する」このような考えをするということは、アマチュアの演奏だと感動しないということなのだろうか?

そもそもアマチュアとプロ、その定義、結構難しいものがあるのでは?なにをもってアマチュアとプロを分けるのか、その基準・・・

音大を出たか、出ないか・・・この部分で分けることは非常に難しいだろうと思う。アマチュアよりも弾けない、というか聴き手に何も伝えられない音大生とか音大卒の人だってワンサカと存在しているのではなかろうか?金銭が絡むということ?でも職業というものは、稼いだお金で生活していけるということ。そのような意味では、ピアノ演奏だけで生活できる人なんて僅かなのでは?華やかにリサイタル、演奏活動をしているようでも、持ち出し、自主リサイタルが主な活動だとすると、それは純粋にプロだと言ってしまえるのか?そこまでではなく、お金が絡むということだけを考えてみる。

自分事だが、来年に小規模な演奏会を企画している。むろん、入場料などは取らない。でも僕が一人100円でも聴き手にお金を徴収したら、儲けとか関係なく、それは経済活動(?)ということになり、僕はアマチュアからプロへと昇格(?)するのだろうか?

僕がアマチュアだから聴き手に何も伝えられないのだとして、そのようなことはプロだけが可能なのだとしたら、100円によって僕はプロになり、「でもそれってプロの演奏ですよね?」の人も感動するのだろうか?そんなものではあるまい!!!

新たなカテゴリーを作った。僕はこれまでにも世界のアマチュアの演奏を貼りつけたりしている。無名のプロとかも。そのような演奏はブログのどこかにあるはずだが、探すのが大変だ。なのでまとめてみようと・・・

「地球のどこかで、こんな演奏をする人がいるんだ(いたんだ)」

その演奏がバリバリ系でなくても、ないからこそ(?)その演奏からモチベーションをもらえる気がするのだ。「ああ、あなたは本当に音楽を愛しているのですね?」みたいな演奏が好きなのだ。そこにはプロもアマチュアもないように僕は感じる。

新しいカテゴリー、「世界のピアノ仲間」では、プロの演奏もアマチュアの演奏も紹介していこうと思うし、これまでに貼りつけたユーチューブの人の演奏も再度貼りつけると思う。自分で一つのカテゴリーにまとめたいし、読者(?)からも少ないながらそのような要望もある。

プロと言っても、誰でも知っているようなピアニストの演奏は貼りつけないと思う。キーシンとかアムランとか・・・

むろん、素晴らしいピアニストであっても必ずしも有名ではないことは残念ながらある。サークルの打ち上げなどでピアニストの話題、「どんなピアニストをよく聴くんですか?」みたいなことになって、アルゲリッチとかホロヴィッツだったら説明もいらないだろうが、そうではない素晴らしいピアニスト、たとえば、このヒューバート・ハリーのようなピアニストは、まず「えっ?そんな人知らない」などと言われるのではないだろうか?

プロでも、そのようなピアニスト、そして世界のアマチュア仲間の演奏を紹介していけたらと思う。

ヒューバート・ハリーは、すでに亡くなってしまっているが、決して「アマチュアの分際で・・・」とは言わなかった人のように思う。

「ああ、君も音楽、ピアノが好きなんですね・・・」こう言ってれる人だったのではないだろうか?

kaz




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category: 世界のピアノ仲間

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