ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ワルシャワのナイチンゲール 

 

Hの祖国に対する愛憎、その愛の部分。彼はよくポーランド自慢、そしてユダヤ文化自慢を僕にした。それらは彼が生きてきた過去、その時に彼が抱えていた痛みとは無縁の世界だった。

「ポーランドにもチャイニーズのような餃子があるんだ。とても美味しいもので・・・」「ポーランドにはマンハッタンで売っているプレッツェルのようなものがあって、でもそれはプレッツェルのような無骨な食べ物ではなくて・・・」まるで少年のように僕に自慢する。

ショパンを自慢してもよさそうなものだ。でも彼はショパンは聴いてはいなかった。何故だろう?クラシックに詳しい・・・というほどではなかったからかもしれないし、彼にとってショパンは重すぎたのかもしれない。辛すぎたのかも・・・

「この人はね、ワルシャワのナイチンゲールと呼ばれていてね、ねっ、素敵な人だろう?」

ワルシャワのナイチンゲールは1950年代にポーランドのアイドル(!)だった人なので、Hが生で聴いていた(観ていた?)とも思えない。ポーランドから持参したと思われる黄ばんだような古いLPレコードからすると、もしかしたらHの父親がファンだったのかもしれない。

ユダヤ教徒であり、ポーランド移民であったHは、どこか仙人のような感じだったが、ポーランド自慢をする時には、まるで少年に戻ったようだった。

だからこそ複雑なのだ。父親を一人ポーランドに残してアメリカに逃げてきた。自分だけ逃れてきた。「お前の人生なんだ。生きたいように生きなさい。アメリカに自由があるのなら、自由が欲しいのだったら、私のことはいいから行きなさい」

Hは自分のことを責めていたんじゃないかな?

苦しそうに祖国を語る時、少年に戻る時、落差が激しかっただけに複雑だったのだと思う。

kaz




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