ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

先生に「もっと歌って~」と言われたら その2 

 

イタリア古典歌曲集、声楽初心者の教材的な一面があるとは思うが、当たり前のことながら、これらの曲は芸術作品なので歌手たちの重要なレパートリーでもある。ここがとても羨ましいところなのだ。

ギロックの曲もキャサリン・ロリンの曲も素敵だなと思うが、個人的にはブルグミュラーの曲に魅力を感じる。素敵だよなぁ・・・と。ブルグミュラーの曲集、これを「教材なのです」と割り切ってしまうか?微妙なところだ。ホロヴィッツが「素直な心」をリサイタルで演奏する、アルゲリッチが「貴婦人の乗馬」を録音するなんてことはない。でも声楽の世界ではそれがあるんですよねぇ。そこが羨ましいところだ。

この曲はイタリア古典歌曲集の中でも、まずは最初に初心者声楽家が手掛けることになるような一曲なのではないだろうか?イタリア語にカタカナで読み方を書き(許さない先生もいるだろうが)お経のように(?)歌っていく。必死でね。でも触れているものは、子ども用の教材などではなく芸術作品なのだ。何度も書いてくどいが、そこが本当に羨ましい。

往年の名歌手ももちろん歌っている。もしシュナーベルがブルグミュラーを演奏したら、それは楽しい想像だが、声楽の人は実際に聴くことができるわけだ。歌っているのは、ジュゼッペ・デ・ルカという往年の名バリトンだ。

演奏スタイルというものは、これはピアニストでもそうだが、現代の歌唱スタイルとは異なる。特に往年の名歌手はポルタメントを多用しているので、現代感覚からすると、かなりロマンティックな歌唱に聴こえる。楽譜に印刷されていないことを堂々とやったりとか?

「楽譜に忠実に演奏しましょうね?」

印刷された楽譜に・・・という意味では、「そんなところに休符はありませーん」みたいなことも往年の歌手にはあったりする。でもそれは、もしかしたら「ため息の表現」かもしれない。「慟哭」を表現したものかもしれない。そのような要素は作曲者が演奏者に求めていたものかもしれない。楽譜に忠実とはそのようなことなのかもしれない、作曲者としては「それぐらい書いていなくても感じとれよ」みたいな?・・・などと、そのような観点で聴く楽しさが往年の名歌手の演奏にはあったりする。

ピアノはなんと、チマーラなんですね。驚きだ。チマーラについては次回。

この往年の名バリトンを真似して100%の自己満足歌唱をしてみたら?そのあとにピアノで今練習している曲を弾いてみる。「いかにも打っています」「いかにも縦割りです」という演奏になってしまうだろうか?興味深いところだ。

今練習しているピアノの曲も、なんちゃって鼻唄状態で弾いてみたらどうなるだろうか?

kaz




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