ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

黒人霊歌「つらい試練」 

 

ピアニスト、フランツ・ルップというと、やはりフリッツ・クライスラーの伴奏をしていたというイメージが強いが、マリアン・アンダースンとの共演もある。なぜこの二人が結びついたのだろう?いわゆる日本で赤盤と昔々呼ばれていたRCAのレコード、つまりレコード会社つながりということなのかもしれないが・・・

生まれ故郷、ドイツからアメリカに渡ったルップ、同じようにオーストリアからアメリカに渡ったクライスラー、どこか共有するもの、共通するものがあったのかもしれない。クライスラーが若手のルップの演奏を気に入ったのかもしれない。「ユーモレスク」だけではなく、この二人の演奏、一心同体という感じがする。名高いベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタもそうだが、よりクライスラー編曲、作曲の演奏においてそう感じる。

人間として自由に生きる権利、おそらくこれを求めたのではなかろうか?どんなに祖国を愛していても、その地で自由に生きられないのだとしたら、新天地アメリカにそれを求めるしかなかった。アメリカに行くしかなかった・・・

「僕にはどこにも居場所がないんだ・・・」

確かマーラーではなかったか?「私はオーストリアにおけるボヘミア人、ドイツにおけるオーストリア人、そしてヨーロッパにおけるユダヤ人、居場所がないのだ」心に風が吹いてしまうような言葉ではある。

新天地アメリカは自由な国であったのだろうか?やはりその新天地でも迫害、差別をされている人は存在したのだ。ルップはマリアン・アンダースンという歌手の存在を知った時、何を思ったのだろう?

マリアン・アンダースンの芸術家としての価値を認めた人にトスカニーニがいる。「なんという歌手なのだろう?なんという声なのだろう?」と。しかしながら、アメリカ国内において、マリアン・アンダースンは正当な評価を受けていたとは言えないところがある。それは肌の色による差別によって・・・

彼女はアフリカ系アメリカ人ということで、音楽院への入学を拒否されている。歌手として有名になってからも、演奏会を妨害されたりしている。そんな彼女と共演する。そのことにルップは迷いはなかったのだろうか?

僕はなかったと思っている。それは音楽家、そして人間として尊敬できるところがお互いにあったからだと思うし、自由を求めて生きる人間としての共通点もあっただろうと思うから。

人間各々の生きてきた環境、歴史、価値観、それらは異なっているにしても、通い合えるものがある。だからこそ、二人は共演したのかもしれない。

この演奏、マリアン・アンダースンの悲痛なまでの歌唱に圧倒される。そしてルップのピアノにも圧倒されてしまう。おそらく、楽譜としては、時折和音を鳴らす程度の実にシンプルなものなのだと思う。だからこそルップの見事さが際立つ。

肌の色、性別、価値観、その違いを超えて、個人レベルでは人間同士分かりあえる。一つの共通したものを追える。

でも二人はこうも思っていたのではないかな?

「でもなんで世界はそうはなっていないんだろう?」と・・・

kaz




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