ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

素敵なフランコ先生 1 

 

札幌のチャリティーコンサートに出演して、僕のようなアマチュアと同じ舞台で演奏するピアノの先生も多数いることを実感した。今までは、どこかピアノ教師=ピアノを弾かない人・・・という図式があったのだが、これは偏見というものだったのであろう。

でも偏見を持ってしまう理由もあったような気がする。それはブログでのメールフォームを介してのピアノ教師からのメール。「フ・・・素人は気楽に演奏できていいですね」という言葉と共に、「ピアノ教師の仕事は生徒を上達させること。自分が上手くなることではない」などの言葉に圧倒されてしまったのが理由の一つだとは思う。たしかに、「バスティンって何?自分が演奏会で弾くラフマニノフだけで精一杯なのっ!」という先生ではいかんだろうとは思う。教材や指導法の知識などは、学生時代のように練習しているだけでは身につかないだろうし。

でも「ピアノランド」や「バスティン」だけでいいのだろうか?もしピアノ教師も音楽家だと考えるのならば、なぜピアノ教師ブログには、あまりショパンとかラヴェルとか、書かれないのだろう?ちょっと教材とかグッズとかセミナーとか、生徒のAちゃんがどうしたとか、話題が偏っていないだろうか?自分の音楽は?ピアノ教師ブログはピアノブログというよりは、教育ブログという趣が強いような?たしかに人を教えて(導いて)いるのだから、そうなるのであろうが・・・

ブログの印象から偏見を持ってしまったというのが二つ目の理由だと思う。アマチュアのピアノブログとは異なり、ピアノ教師ブログは広報の役割も担っているのであろうから、「こんな教室なんですよ~」というアピールも含まれるのであろう。でもどのブログも同じような感じ?それはアマチュアのピアノブログも同じか?

でも、なんで自分のピアノのことは書かないのだろう?書いていなければ「弾いていない?」と思ってしまうではないか。正直な感想としては、「演奏してきました」という文章と共に、ドレスを着用し、曲が湯山昭では、やはり「う~ん、音楽家としてそれでいいのだろうか?」と感じてしまうところもあったりする。

「同じフィールド・・・生徒も教師も音楽という同じフィールドにいる」という感じが少なくともブログからは感じないというか・・・

「ショパン?スクリャービン?それはピアニストの世界のこと。学生時代のこと。今の私たちはバスティンとか・・・」という境界線を感じてしまうというか・・・

「ほら、音楽って、ピアノってこんなに素晴らしいものなんだよ?はやく追いついてきなよ?大変なことも面倒なこともあるけどさ、でも弾かずにはいられない魅力があるだろ?はやくここまでおいでよ?」的なメッセージがピアノ教師ブログにもっと感じたい気はする。

とても素敵だな・・・と感じるピアノ教師、ピアニスト、フランコ先生。ベルギー在住の先生のようだ。生徒もピティナっ子のようにバリバリ感があるわけではないし、フランコ先生自身の演奏もコンクール弾きというわけではない。でも先生自身が音楽やピアノに焦がれていて、もうどうしようもないのが画面を通して伝わってくる。

「ほら・・・ついておいでよ・・・君も音楽の世界に早くおいでよ」みたいな?

生徒は大人の初心者なのだろうか?でも同じフィールドにいて、同じものを追っているような気がする。

kaz




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