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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

感情の糸が指に絡む時 

 

「自分にその資格はあるのだろうか?」エドワードはアリスとの結婚に踏み切れずにいた。「私が年上だから?」アリスはそう言うが、そうではない。彼女の家柄はいい。幸せな将来が約束されているだろう。地位も名声も、お金もない無名の僕などに彼女を幸せにできるだろうか?

彼女の両親は結婚に反対している。プロテスタントとカトリックの違い、身分の違い、加えて文無しの音楽家である自分、結婚に反対しない理由はないだろう。

「勘当されちゃった。でもいいの。私はあなたと共に生きていきたいの」「本当に僕でいいのかい?君を幸せにできるだろうか?」「あなたといるだけで幸せなの」「僕は無名の音楽家でしかない」「だから支えていきたいの」

エドワードは婚約記念に、ある小曲をアリスに捧げた。「愛の挨拶」という曲を・・・

それはエドワードの気持ちそのものだった。「僕なんかと生きる決心をしてくれてありがとう・・・」

アリスの直観は当たったのだ。エドワードは高名な音楽家となった。アリスは決して表にでることはなく陰で夫を支えてきた。予想以上に辛いこともあった。でも幸せだった。夫よりも8つも年上ということで思うことも多々あったけれど、今以上にそのことを考えてしまうことはない。充分長生きした。やり残したことはない。夫の音楽は永遠に人々の心に残るだろう。永遠に・・・

エドワードを残して死んでいくことだけが心残りだ。でも癌という病と闘う力はもう残ってはいない・・・

アリスを見送ったエドワードには、哀しみと感謝の気持ちによる複雑な想いがあった。「君のいなくなった人生なんて・・・僕はどうしたらいいんだ?」

アリスの死後、エドワードはどこか空虚な気持ちを振り払えずにいた。「あなたがいたから僕も生きてこられたのだ。夢を追えたのだ」

エドワードは66歳になっていた。そして亡き妻、最愛の妻に再び曲を捧げた。「愛の挨拶」という曲を。かつてのようなめくるめくような、熱い愛とは違っていた。それはアリスに対する感謝の気持ちだった。共に愛に生きてきたという証・・・「僕と共に生きてきてくれて本当にありがとう・・・」

※※※

感情の動きを指に反映させることは難しく、そしてシンプルなことだ。シンプルであるがために難しいのだ。でも感情と指、音とが一致する時がきっとある。今はできなくても、きっとある。そのためにピアノを弾いているんでしょ?ピアノの練習をするんでしょ?何かを表現したいから、自分の内側に表現したい感情があるからこそ弾くんでしょ?

一致する時がきっとある・・・

kaz




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