ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピエロギ 

 

ピエロギというポーランドの料理がある。かつてポーランド人の友人が作ってくれたことがある。彼はピエロギが好きだったようだ。ピエロギとは、そうですね、ポーランド餃子?本場ポーランドで食べたピエロギは友人が作ってくれたものとは異なっていた。皮の食感?餃子よりも皮が肉厚のような?中身は肉だったりジャガイモなどの野菜だったりチーズだったりする。その部分は本場のものと友人のものとは変わりないが、皮が異なる。

友人は、意識して皮を変えていたようだ。中華街で餃子の皮を購入して作っていた。「あのね、皮をこうしているのには理由があるんだ。ピロギ(彼はそう発音していた)の皮を厚くしてしまうと故郷を想い出してしまうんだ」

ポーランド移民・・・故郷に失望し、政治的な理由でアメリカに渡る。それは望んでいた自由な生き方を得たということにもなろうが、かつて祖国で育んでいた関係をすべて断ち切ってきたということにもなる。単なる旅行や期間限定の留学ではないのだ。

彼は祖国ポーランドには愛憎混じった複雑な想いを持っていたようだ。たしかにそれは感じたが、日本人の僕には、その感情がどのようなものであったのかは、今もって理解できないところがある。

「当たり前のこと・・・それが大切で、それが苦しいんだ」たしか彼はそう言っていた。祖国では当たり前のことが難しかったのだろうか?そうなのだろう。ニューヨークではそれが可能だ。どのような生き方、考え方だって許される。むしろ、それが推奨される世界。

「苦しい・・・」おそらく、ニューヨークでは当たり前のこと、それがポーランドでは当たり前ではなかったのだろう。彼としては、人間として当たり前の生き方をしたかっただけなのだ。それなのに、祖国を捨てなければそれを得ることができなかった。

当たり前のことをするために、ここまでの犠牲を払わなければならない・・・という葛藤?

ピエロギ、僕にとってはワルシャワで食べた本場のものよりも、彼が作ってくれたピロギが本物のピエロギだと感じる。

ユーリ・エゴロフが旧ソビエトからオランダに亡命したのは、1970年代だったと記憶している。多くのソ連の音楽家がそうであったように、彼もまた「当たり前の音楽活動」というものを西側に求めたのだろうと思う。エゴロフはオランダで、当たり前の生活を得た。でも同時に彼は祖国を捨てたのだ。それまでのものをすべて断ち切った。やはり、当たり前のことをするために犠牲を払ったのだ。

エゴロフの人気に火がついたのは、アメリカだったように思う。でも彼はオランダに住むことを望んだ。これは彼がゲイであったことと無関係ではないだろうと思う。亡命してから、彼は自分がゲイであることをカミングアウトしている。オランダという国ということを考えても、やはり当時の時代背景を考えると、勇気の必要な告白だったのではないだろうか?

「人間として当たり前の生活をしたいだけなのに・・・」

たしかに自由は得たのだろう。でも苦しくもあった。犠牲を伴ったから・・・

エゴロフの演奏って、それほど激しさを感じさせる演奏でもないと思うのだが、この演奏は、ある種のエゴロフの葛藤を感じさせる。後半に進むにつれ、激しさと葛藤が増していくような?

「当たり前のこと・・・それが大切で、それが苦しいんだ」

kaz




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