ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

レッスンって萌え♥・・・への共同作業? 

 

聴いていて魅力的に感じる演奏というものには、ある共通点があるような気がする。聴いている人が「萌える」というのだろうか?それは演奏者自身が萌えたであろう曲のある部分、そう感じさせたある要素のようなものを強調することが巧みであるということだ。

人には好みというものがある。つまり感覚的な萌えどころは人によって異なるのだ。同じ曲の異なる演奏でも人によって萌えどころは異なる。「私はAさんのこのようなところに萌え・・・だわ」「私はむしろ、Bさんのこのようなところに萌え・・・なの」みたいな?

これは演奏そのものだけではなく、音楽のジャンルということにも当てはまるような?「私はクラシックが好き」「いや、僕はジャズのアドリブのような魂が飛翔する感じが好きなんだ」みたいな?

でも、人に「これ・・・いい」と感じさせる演奏は、その部分、そう思わせるある要素、それは曲そのものに含まれているが、それを演奏として強調している。それは共通している。

表面上は弾けているのだが、どうも上っ面というか、そのように弾けと言われたから弾いているのです・・・みたいな演奏もある。「何に萌えたの?」「なぜそのように弾いているの?」「なぜその曲を弾いているの?」という根本的な理由が見えてこない演奏・・・

ピアノを習う、ピアノを教える・・・ついついそのような表現をしてしまうし、当たり前のこととも思ってしまうが、ここに違和感を感じたりする時がある。ピアノって習うもの?教師が生徒に指導したり教えるもの?根本的なこの部分に違和感を感じる。むしろ、感動として受け取ったある要素を共にみつけ、その部分を演奏として強調できるように具体的なものを探す・・・というものがレッスンなのでは・・・と。生徒は感じたものを「なぜそうできるの?」と探す。教師は「こうしてみたら?」と萌え部分がどうして成り立っているかを具体的に伝える・・・というか?萌えに向かっての共同作業のような?

「一応音にしてきました。ではお願いしま~す」で生徒はいいものかどうか、「そこはこのように歌って~」で教師はいいものかどうか?

なぜにA先生の門下生は聴いて分かる・・・のようなことが起きてしまうのだろう?なぜ演奏者と曲とに、何の関わり合いも見出せないような、「本当にあなたがそのように弾きたいのですか?」と感じさせてしまう演奏があるのだろう?

ある曲を特徴づけている、ある要素、ある演奏を特徴づけている、ある要素・・・つまり萌え要素。

ダドリー・ムーアはベートーヴェンの曲が何故にベートーヴェンらしく聴こえるか、そう感じさせるある要素、その成り立ちのようなものを感じとり、演奏として強調しているように思う。この演奏を「俳優の、コメディアンの余興・・・」と僕は感じない。要素の強調・・・と感じる。

レッスンで教えてもらう、レッスンで教える・・・ではなく、萌えを探す共同作業と考えたらどうだろう?

kaz




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コメント

 

ダドリー・ムーア

kazさん、こんばんは(*^_^*)
ダドリー・ムーアの動画、「上手いっ!」と膝を打ち爆笑しながら拝見しました。
ダドリー・ムーアって名前は聞いたことがある気がするけど何者…?と調べてみたら「ミスター・アーサー」の俳優ですね!(「ニューヨークシティ・セレナーデ」が好きで、映画を観てみて、主題歌から想像していた映画の内容とのギャップに驚いた覚えがあります。)彼がこんなにピアノを弾けるとは知りませんでした。ベートーヴェン好きなんでしょうね〜。

ふわふわ #DL0dExLA | URL | 2016/07/03 20:54 | edit

ふわふわさま

ダドリー・ムーア、もともとは音楽院で専門的にピアノを学んだ人です。俳優として、やはり有名でしょうね。この人、足かなにかが悪くて、歩き方に特徴があったそうです。また身長も低かったので、子どもの頃は、イジメにあっていたそうです。だから音楽の道に進んだ。コミカルな感じの俳優でしたが、実生活では辛いことも沢山あったのでしょう。晩年は認知症になったのかな?たしか・・・

kaz #- | URL | 2016/07/03 21:52 | edit

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