ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

情念 

 

バーブラ・ストライサンドのように強調が上手いなと感じる歌手にセルゲイ・レメシェフがいる。この人も「ずらし」と発音の際の「念」が凄いように思う。ただサラッと「楽譜がこうだからぁ・・・」みたいな無意識の部分がない。この人の場合は、「念」というよりも「情念」と言ったらいいだろうか?

感情の動きに酔う、これはアマチュアの特権と言われたりする。たしかに自分で泣きながら弾く(そんな人がいればだが・・・)なんていうのはそうだと思うが、感情の動きがあるからこそ、音楽をやる、演奏するという行為を選ぶのでは・・・とも思う。

感情の動きに酔う=甘さ   冷静で客観的=プロ

あまりこのように分類するのもなぁ・・・と思う。

音が強くなったり弱くなったり、速くなったり遅くなったり、つまり音楽というものに魅せられ、酔ってしまった人も演奏家なのではないかなぁ?音楽って空気を動かし、それによって人の心も動かしてしまうものではないかなぁ?

演奏者自身にそのようなものがないなんて、あまり信じたくはない。

レメシェフは靴職人になるはずだった。裕福とは決していえない寒村の農家出身だったから。でも歌手の道を選んだ。反対されてもね。その源には音楽への憧れとか、心の動きがあったのだと僕は想像する。音の動きが人間の感情を揺らすということに魅せられてしまったのではないかと思う。

肺が虚脱して機能しなくなっても歌っていたのはレメシェフぐらいではないだろうか?医師に「歌手はもう無理でしょう」と宣告されても、発声法を変え(可能なのか?そんなこと・・・)歌い続けた人だ。

なんとなくレメシェフは、音楽から受けた感情を動きを、今度は自らがその現象を追い続けることに喜びを見出した人なのではないだろうか?演奏家なんてそんなものでは?アマチュアだってそうじゃない?

「ピアノ・・・○年ぶりに、○十年ぶりに弾いてみようかしら?レッスンに通ってみようかしら?」その場合、自分が音楽から受けた心の動きがあったのではないだろうか?「別にピアノじゃなくてもフラワーアレンジメントでも料理教室でもよかったんだけどね」なんていう人はそういるとは思えない。皆、情念を持っているのでは?

kaz




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