ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

強調・・・ずらしと念 

 

メロディーを切々と歌う・・・ピアノだと、これがなかなか(非常に?)難しい。ヴォカリーズの場合、左手は和音を刻んでいたりして、メロディーまで刻んでしまいそう。この曲に限らず、右手がメロディーの曲って、左手は刻んでいることが多いので悩ましいところではある。

人を魅了する、そこまでではなくても、「あっ、この人の演奏いいかも・・・」ぐらいの印象を残すには、ある鉄則があるように思う。それは聴き手の想像を超えること。有名な曲であれば、特にそうだと思うのだが、聴き手は先の流れを脳内で歌っているところがある。どんなに練習の成果としてはバッチリでも、聴き手の想像と全く同じでは「あっ・・・いいかも?」とさえ思ってくれない。「そうですね、いい曲ではありますね」みたいな感じ?あるいは「よく弾きこんでいらっしゃいますね?」みたいな感じ?

聴き手の想像を超える・・・一つには聴き手予想とのタイミングをずらすというテクニック。これは聴き手としての長年の経験から思うに、一流の演奏家は必ずやっているように思う。安易に真似ると、「どうしたのかしら?停滞している?」としか聴き手は感じてくれない。まさに0.001秒ほどの絶妙なるずらし・・・

ずらすことによって、フレーズの波の山のようなものが強調される。また、ずらしだけではなく、発音の際の絶妙なるコントロールが必ずある。安易に鍵盤をポンと叩いたりとか、声をパッと出したりしない。考え抜かれた「念」や「意識」を伴っている独特の音、それは、あたかもその場で思いついたような自然さがあるのだが、計算されている・・・

この「ずらし」と「念」とのブレンドによる「強調」、これが上手い人は、ピアノが上手いとか、歌が上手いとされるのでは?

発音と、タイミングの絶妙なるブレンド(?)によって、類まれな、その人だけの「強調」が生まれる。

この「強調」が絶妙だな・・・と僕が感じる歌手、まずはバーブラ・ストライサンド。「ポピュラー音楽の歌手じゃない?クラシックとは違うでしょ?」僕はそうは思わない。そう思うのは、僕だけではないようで、けっこうクラシックの音楽家もバーブラの「強調」の素晴らしさを讃えている。

「彼女は強調の絶妙なる使い手なのです。人が思いもよらない些細な箇所でそれをやる。考え抜いた結果に違いないのに、聴き手にそうは感じさせず、その場で思いついたような自然さがある」

これはグレン・グールドがバーブラ・ストライサンドの歌唱について語った言葉だ。

そう、この微妙な感じを出せればいいのにな・・・と思う。音程なども「ハイ、正確に3度の音程です!」というのではなく、微妙に下から入ったり、発音の瞬間もクリアな機械みたいな感じではなく、薄く入ったりとか・・・

この歌唱、聴き手の先予想を完全に超えていませんか?

kaz




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