ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

アマチュアは微笑み不在? 

 

フラッシュ・モブなるものが最近は流行りみたいだ。駅やデパートなどの雑踏の中で、いきなりパフォーマンスが繰り広げられるというもの。様々なパフォーマンスがあるが、むろんクラシック音楽のフラッシュ・モブもある。その種のフラッシュ・モブを観ていて気づいたのだが、その場に居合わせた人々が微笑んでいるということだ。

日常的にクラシック音楽に親しんでいる人の割合は3パーセントなのだそうで、残りの97パーセントの人は「敷居が高くて・・・」とか「クラシック音楽みたいな高尚なものは理解できないから・・・」と思っているらしい。

でもフラッシュ・モブを観ると、微笑んでいる人は3パーセントではないように見える。97パーセントの人は、クラシック音楽が聴こえたとたんに歩き去ってしまうということはない。むろん、フラッシュ・モブというパフォーマンスの形態は、どこか「ドッキリ」とか「サプライズ」のような驚きがあるから、その驚きを楽しんでいる人が多いのかもしれないが、それだけだろうか?

もしかしたら97パーセントの人は「クラシック音楽」ではなく、クラシック音楽におけるパフォーマンス、一部の演奏に対して「なんだかな・・・」という反応、正直な反応を示しているのかもしれない。

アマチュアにとっても、人前での演奏の機会というものはある。むしろ、自宅で練習しているだけ、あるいはレッスンには通っているけれど、一切人前で演奏しないという人は、むしろ少数派なのではないか?

練習と本番、何が異なるのか?緊張度が異なる。緊張するのは、自宅での練習の場では存在しなかった聴衆の存在が大きい。誰でも人前で失敗はしたくはないし、練習の成果を出したいとも思うだろう。

本番での目的、いつのまにか「失敗やミスをせずに弾き通したい」というものになっていってしまわないだろうか?それって自分のことというか、オーディエンス不在の考え方かも?実際には聴き手は本番では存在する。

「聴いている人が微笑んでくれたらいいな・・・」

こんなことをアマチュアが願う、あるいは目標とするなんて、傲慢なことなのだろうか?そんなことは専門的な厳しい訓練、修業を耐えてきたプロだけが思えること?アマチュアは、まずは「きちんと弾けること」に徹する?

一生懸命なのかもしれないが、「ミスなくきちんと弾けますように」という様に接して聴き手は微笑むことができるだろうか?もし自分が聴き手の立場だったら?

本番では、どんなに上手くいっても60パーセントの実力しか出せない。なので、練習ではいつも140パーセントで弾けるように頑張る・・・頑張る・・・頑張る・・・

少しだけ「聴いている人」の存在を意識したらいけないのだろうか?もし自分が聴き手だったら、今の自分の演奏に微笑むことが、自然な微笑みが出るだろうか・・・と。

kaz




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category: ピアノ雑感

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コメント

 

一生懸命は見ていてつらい

いま、自分の教室のコンサート(発表会ですがこう呼んでいるのには私のこだわりがあります。今回の投稿に関係あります)に出る大人の生徒たちに、

「お客の立場に回ったら、あなたの演奏をまた聞きたいと思うような演奏を目指しなさい」

ということを伝えています。

私自身意識できるようになったのは数年前です。

失敗やミスを出したくない、という気持ちは、こどもたちにはあまりありません。私の娘(小学校高学年)を見ていると、最近はミスしたくないと思った瞬間、演奏が小さくなりすぎてしまう、と、客席で聴いていて感じることがありました。

まずアマチュアは、多少傷があっても、演奏する方がピアノが好きなんだなぁ!楽しいんだなぁ!この曲好きで聴いてほしいのね!!と感じられる演奏をして欲しいなと思います。

ある大人生徒さんの体験レッスンをしたとき、その方の課題が私には分かりすぎるほど分かってしまいました。
一生懸命なんです。でも、そのままステージに立ったら見ているこっちがつらいな、そんな弾き方。力も入って、手がこわばっているから
「私○○やりたいんですけど、トシだから無理ですよね」

・・・彼女私よりも若いんですよ・・・。

本番は、100%は、ないんです。
80%いけたかなと思ったら、ブラヴォーが出ます。60%で、「いいね!」。

楽しくなる曲は楽しい気分で、おしとやかな曲はおすましで、激情を吐き出すような曲は聞き手をあおって・・・。そんな演奏が私はしたいし、そんな生徒さんの演奏が聞きたいです。

ステージでは、「いちばんこの演奏を聴かせたい人に向けて」弾くのがいいと思います。私はなくなった大好きなおばあちゃんが聞いてくれたら、という思いで、演奏したことがあり、全然知らない方から「泣けました」と言われました。やった~!!って思いました。その方が私のおばあちゃんに見えました。

なかつかさきこ #QFk3YRjk | URL | 2016/06/07 23:28 | edit

なかつかさま

人前での演奏、これは「横軸」、つまり会場があり、ピアノがあり、演奏する自分がいて、聴き手がいる。そこで何かを共有する・・・

横軸において大事なのは、聴き手は演奏者の達成度を共有したいわけではないということ。楽しさとか、哀しさとか、それは演奏によって異なるかもしれないけれど、共通しているのは「何か・・・」なのでは?

その「何か」は練習過程、その人のピアノとの歴史という「縦軸」が関係してくる。ある「何か」があったからこそ、ピアノを弾き、その曲を演奏しているわけで・・・

自分自身が音楽から「何か」をかつてもらったから弾いているわけで・・・

「何か」とは音楽からの「ギフト」なのかも?

人前での演奏、それは縦軸と横軸が交差する瞬間・・・

感情というものが飛び交う瞬間・・・

kaz #- | URL | 2016/06/08 06:32 | edit

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