ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「失われた時を求めて」 

 

プルーストの「失われた時を求めて」・・・仏文学に詳しい人ではなくても名作だという認識はあるだろう。「このような作品は大人になってから触れるのは大変です」そう言われた。それは単純に時間的な意味でなのか、感受性というものを含んだ意味でだったのか、それは分からないなりに、「それもそうだな」と思い、高校生の時に読んだ。日本語は追えたけれど、内容はすっかり忘れている。多感な時期・・・と言えば聞こえはいいけれど、高校生の頃なんて人生で最もヒマな時期。ドストエフスキーなども沢山読んだ。こちらも内容はすっかり忘れている。「新鮮な気持ちで読めるじゃない?」などと言われ、そうかとも思うが、50歳にもなると、さすがに、もう読む気力がない。本が重い・・・

「ああ、大人になると読めないというのは本当だったんだ」と時間的な、あとは体力的な意味で痛感している。「まっ、まとまった時間のある時にでも、そのうちに・・・」と思ううちに、時間だけが経過していく・・・やはり文学というものは若い頃に触れておくべし。

プルーストとアーンは、ある時期恋人同士であったのだそうだ。これは知らなかった。年齢は三つ違いでアーンのほうが年下。恋人同士という関係を解消してからも、二人は親友という関係を生涯保っていたそうだ。「失われた時を求めて」の中にも、親密な関係にあった二人の実生活のエピソードが盛り込められているらしいし、プルーストがアーンに送った書簡集なども存在している。時代はベル・エポックの時代、パリ・・・二人の関係はどのように人々に映ったのだろう?例えば二人で何か月も旅行したりとか?当時のパリ、サロンは同性愛に対して寛容だったのか・・・

レイナルド・アーンは3歳の時にベネズエラからパリに渡っている。幼少の頃から音楽的才能を開花させ、パリ音楽院でサン=サーンス、マスネに師事している。特にマスネはアーンの才能に惚れ込み、生涯アーンを支え続けている。

アーンは非常に早熟で、彼の代表作である歌曲「僕の詩に翼があったなら」は、なんとアーンが13歳の時の作品だ。作曲だけではなく、自らがピアノを弾きながら自作を歌った。録音も残っているが、非常に素晴らしいピアノであり、レッジェーロなテノールだ。サロンの寵児であっただろうと想像する。

ベル・エポックのサロンを、そして空間と時間を支配していたアーンにプルーストは恋してしまったのではないだろうか?作家が音楽家に恋をした・・・

「僕の詩に翼があったなら」はアーンの代表作とされている。時が経過し、サロン音楽そのものが衰退し、アーンの名が忘れられていっても、この曲は多くの人を魅了し続けてきた。そのような意味では代表作だが、この一曲だけがアーンの魅力を発揮しているわけでもない。これからアーンの曲を紹介していけたらいいと思う。

とても13歳の少年の作とは思えない。

「美しい女たちのことは想像力のない男たちに任せておこう」  マルセル・プルースト




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