ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

心の練習 

 

ピアノのレッスンというものは、生徒の演奏を聴き、教師がアドバイスをするというのが定型で、そこには生徒が何かしらの表現をしているというのが前提。その何かしらの表現というものを、より楽に、明確に表現できるようにするのがレッスン。基本的には、メカニカルな要素をどのようにテクニックとして具現化していくということになるのでは?

「そこはこのように弾けばこうなるんじゃない?」とか「そこは~のようにすれば楽になるんじゃない?」みたいな?

では生徒側に何もなかったら?「あなたはどうしたいの?どのように弾きたいの?」「さぁ???」「別に・・・何も感じないし・・・」このような場合は教師は何をしたらいいのだろう?でもこのようなことってあるのだろうか?特に大人のピアノの場合は、ないと思う。「別に・・・」と感じる人が、わざわざピアノなんて弾かないと思うから。

曲を聴いて「ああ・・・素敵」と思った過去体験があるからこそピアノを弾いているわけで・・・

でも過去体験の感動がピアノライフを送るうちに薄れてくるということはあるかもしれない。たとえば、リストの「愛の夢」を聴き、死ぬほど感激して「一生かかっても弾いてみたい」とピアノを習い始めたとする。そして「愛の夢」を弾くことになった。まことに御めでたいことのようだが、その時には「一生かかっても・・・」とかつて感じた感激だけではないはずだ。「ああ、ここが難しいわ」「本番で失敗しないかしら?」当たり前のことだが、憧れが現実化していくということは、憧れの他に、様々なことをも感じていくことになる。「愛の夢」が弾けた。そうなると、さらに憧れの曲というものが存在してくるのでは?そのくり返しがあるからこそ上達していくのだと思うし、ピアノを弾いていられるのだとも思うが、どうしても「ああ・・・愛の夢♥」という感覚、最初にピアノを弾こうと志した純粋なる動機みたいなものを最初の頃と同じようにキープしていくには多少の努力は必要となってくるのかもしれない。心の活性化というのだろうか、かつての憧れを再度認識してみるというか・・・

この場合、ピアノ以外の楽器の曲を聴いてみるというのは、心の活性化のためにはいいかもしれない。実際に自分がその楽器を弾きこなすわけではないので、純粋に曲に入り込める可能性がある。あとは映画を観て、ストーリーを盛り上げているテーマ音楽などに思いきり浸り、思い切り涙する・・・

たとえば、「ニュー・シネマ・パラダイス」のような映画?個人的にはこの映画は少々感傷的かなと感じたりする。でもトト少年が中年になり、過去を回想するシーンでモリコーネのテーマ曲が壮大に、そして感傷的に流れたりすると、「ああ・・・感傷的・・・でも涙が・・・ああ、涙が止まらない」となる。音楽がいかに心に入り込んでくるかということでもあろう。泣ける映画・・・がこの場合はいいと思うのだが、できれば映画はまあ普通、でも音楽が素晴らしい・・・という映画を観ると、より心の活性化ができるのでは?音楽というものが、ここまで感情を動かすということもあるのか・・・という経験になる。この時の心の動きをピアノを練習している時にも常に感じていればいいわけだ。

「ああ・・・泣いてしまうかも・・・」みたいな時の感情。泣きながら練習する必要はないが・・・

昔、イタリア映画で「メリーゴーランド」という映画があった。B級映画なのだろうか?少なくとも映画祭で賞を獲得するような芸術映画ではないように思う。典型的なラクリマもの、難病ものの映画だ。駄作ではないと思うが、いかにも・・・というストーリー展開ではある。

主人公はルカ少年。お父さんは妻、つまりルカ少年の母親を亡くし、その空虚感を忘れるために仕事に没頭していた。仕事は弁護士だったと記憶している。ルカ少年は寂しかったのだが、お父さんは気づかないんだね。お父さんにはベロニカという恋人もいた。この恋人は、とてもよくできた人で、お父さんがルカ少年の寂しさに気づいてあげないことを指摘したりする。自分との関係よりも父と息子の関係を大事に思う。でもお父さんはやっと気づく。ルカが不治の病を患うから。いかにも・・・という感じで、病気は白血病だ。ルカ少年は最期にお父さんに頼みごとをする。「遊園地に行きたい」と。お父さんは夜中だけれど、頼み込んで灯りをつけてもらい、乗り物を動かしてもらう。最後にメリーゴーランドに二人は乗る。「お父さん・・・僕たち・・・もう会えないんだね?」そう言ってルカ少年は父親に抱かれながら死んでいく・・・

こんな典型的なラクリマもののストーリーだ。先が読めてしまう映画と言えばそうなのだが、分かっていてもラスト―シーンで、哀しい音楽が流れると、「ああ・・・涙が・・・」となる。絶対に音楽が流れることも分かっている、ルカ少年がどうなるかも分かっている、でも泣いてしまう。この時の心の動き・・・これを忘れなければいいわけだ。

かつては心に動きがあったからピアノを弾いている。その曲を弾いている・・・それは心の動きがあるから弾いているのだし、それが何かしらとして人に伝わるのだろうと思う。

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: kinema

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top