ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

日々の暮らしとピアノ 

 

ジェフリーさん、相変わらずの多才ぶりだ。なんとなくこんな風貌の人を想像していたので、裏切られなかった感じだ。これは彼の自宅で撮影したものだと思われるが、一体どうやっているんだろう?それはともかく、決して豪邸というわけではないが、典型的なアメリカの一軒家という感じはする。思うに、ジェフリーさんの自宅のポーチよりも狭い空間で暮らしている日本人も多いのでは?だから日本ではパーティーなんて難しいのだ。

彼の絵にしても演奏にしても、生活、日々の暮らしの中に密着している、入り込んでいるという感じが素敵だと思う。むろん、芸術というものを崇高な高みに置き、自分を芥子粒のような存在とし憧れていくのもありだと思うが、もしかしたら、それが一般的な感覚なのかもしれないが、一人の平凡な人間の日々の暮らしの中で感じること、共感できるような些細なこと、「ああこれってあるある」みたいな感覚?この感覚をピアノに限らず、アートの中に感じられるといいなと思う。だから弾くの・・・みたいな?だから私も表現したいの・・・みたいな?

生活の中、日々の何気ない日常の中で感じることって、そう捨てたものでもないのかもしれない。あるエッセイストが書いていたのだが、結婚生活で上手くいく条件、あるいは相手に望む条件としては、まずは最初に「価値観が同じ」とか「相性」とかが重要視されるらしいのだが、最も重要な項目は、実は最初に挙げられる項目ではなく、4番目あたりに挙がってくる項目なのだそうだ。たしかに自分にとっては重要ではあるが、まずはそこではなく・・・ぐらいの事が実は重要だったりするらしい。例えば、お金をどこに使うか・・・みたいな?人生においての価値観のような大切なことには少し劣るけれど、ぐらいのところが実はその後を左右する。

Jさんは健康に気をつけ、有機野菜や天然の素材のものを吟味していた。となると、価格は高めになる。むろん相手にベジタリアンになって欲しいとまでは思わないが、でもこう言われたら無理・・・と思うのだそうだ。「あっ、この人とは一緒に生活できない」と。「野菜や魚なんてなんでもいいじゃないか?そのへんのスーパーの安売りでいいじゃん?その分、たまに奮発して焼肉でも食おうぜ?」・・・こう言われたら「う~ん、無理かも・・・」と思う。どんなに相手が好きでも一緒に生活はできない・・・と。これって真理かも?

他人にとっては些細なこと、それぐらい我慢しなさいよ・・・的なことでの不一致が気になる。ある男性の部屋を訪れて、部屋一杯のプラモデルとかフィギュアを見て、「あ・・・無理・・・」みたいな?「私もプラモデルの飛行機のぶら下がった部屋で暮らすの?」

日常の中での無意識レベルでのこだわり・・・これは曲の魅力を感じ、自分なりに表現することと、どこか似ている。「あ、そうそう、そうだよね」とか「それって・・・無理かも・・・」みたいな、その人なりのポイントのようなもの?人の演奏を聴いて、表面上は達者ではないのかもしれないが「あっ、いいな」と思う演奏というものは存在する。一致するのではないだろうか?自分の中のポイントと。

ジェフリーさんのパフォーマンスは、僕にとってそのような意味で非常に心地いいのだ。ポイントが似ているというか?このような演奏っていいなと思うし、彼のような生活(覗いたわけではないが)っていいなと思う。

kaz




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