ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

多趣味・多才 1 

 

アメリカ人って割とパーティーが好きなような気がする。誕生日や感謝祭などに友人、知人が集まり、食べ物を持ち寄り集う。日本でもパーティーはあるのだろうが、アメリカほど気軽ではない?これは文化の違いというよりは、「住宅の広さが違うのだ」と言いたい。

日本で個人宅でのパーティーは経験がないのだが、住宅の広さの問題とは別に、どこか頑張ってしまうということもあるのかもしれない。なので日本ではパーティー文化が浸透しない?「~しなければ」とか「~思われると恥ずかしい」とか思い過ぎる?「料理はどうしようかしら?」とか・・・

例えば、気軽な個人宅でのパーティーや集いで「ねえ、ピアノ弾いて!」といきなり言われて「じゃあ・・・」と弾ける曲のある人はどれくらいいるのだろう?ピアノサークルや教室の発表会での演奏のような「今日は練習してきた○○を弾かせて頂きますっ!」的な状況ではなく、「ねえ、何か弾いてよ」みたいな?

「何かと言われても・・・」となる人が多いような気がする。もちろん、「来週本番なので・・・」という場合はその曲を弾けるのだろうが、そうでない予期しない時に、何か弾けるかどうか・・・

頑張りピアノしか経験していない人にはキツイかもしれない。舞台で頑張りピアノを披露するというだけでもピアノライフだと思うが、でも考えてみれば、「10年ピアノを習っています」とか「音大を卒業しました」という人が「今は何も弾ける曲がないんですぅ・・・」というのも変な話ではあると思う。何も一音もはずさずに「ラ・カンパネラ」を弾けと言われているわけではないのだ。「何か弾いて」つまり何でもいいわけなのに・・・

その点、アメリカ人は無邪気というか、屈託がないというか、「それでは・・・」となる人が多い気がする。ピアノだけに限らずだが、割と自分の芸(?)を披露してしまう。むろん、達者でない場合も多いのだろうが、それでも「いえいえ、私なんて・・・」という人は少ないような?日本人の美徳は謙虚さなのかもしれない。でもアメリカなどで変にその美徳を強調すると「空気の読めない人」とか「あっ、この人は本当に何にもできない人なんだ」なんて思われるかも?

「自分に自信がないの」ということが、と言うより、そのようにプロテクトすることが、あまり美徳にはならない?

アメリカ人は日本人と比較すると、自分に自信を持とうとしているのか?無邪気なのか?日本人がやや自意識過剰なのか?その辺は分からないが、アメリカ人には多趣味というか、何にでも興味を持ち、トライし、そのどれもが素晴らしい・・・という人もいたりする。なんとなく「生活の中に自分の趣味がある」みたいな?

「自分の人生じゃないか?楽しまなきゃ!」みたいな?

ジェフリーさんという男性、この人はそんな人のように思う。多趣味な人だ。

「半年頑張って練習しました。でも本番では失敗しました。私っていつもそう。なんでかしら?」と常に自分を否定する方向での趣味というのも、謙虚なのかもしれないが、少し哀しい気もする。

まずはジェフリーさんのピアノを紹介しようと思う。

kaz




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