ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ディズニープリンセスと男のピアノ 

 

ディズニー映画の「眠れる森の美女」を観る。そんなヒマがあったら譜読みを・・・とは思わなかったねぇ。こんなに素晴らしい映画だとは知らなかった。そしてスティーヴン・ハフの「眠れる森」のキラキラした世界と完全に一致した。

このディズニーの「眠れる森」は1959年に公開されている。何らかの形で、映画館、ビデオ、そこは分からないが、スティーヴン少年も、胸をときめかせて、このディズニーの世界に浸ったのではないかと想像する。

色彩感覚が素晴らしい。そして少年時代の夢やファンタジーを具現化してくれている。キラキラした記憶・・・

でも、これは「女の子の世界」のものだとされている。1960年代のホイレイクという小さな街で、スティーヴン少年が周囲の誰かに「なんて素敵なんだろう!」と表明できたかどうか?感動を誰かと心から分かち合えたのだろうか?胸の中に一人しまっていたのかな?

スティーヴン・ハフと僕は、ほぼ同世代ということになる。僕の少年時代の東京では、明らかにディズニープリンセスの世界は、女の子のものとされていたと思う。僕も幼い頃、ディズニープリンセスの世界に触れたことがある。「白雪姫」だったと記憶している。

「なんて素敵なんだろう?」単純にそう思った。でも誰にも言わなかった。言ったらどのような反応が返ってくるのかは、幼いなりに自覚していたように思う。

小学生の頃、ピアノを習っていたことにより、なんらかのイジメのようなものを受けた記憶はない。練習なんかしないで遊びまわっていたということもあったのだろうが、でも男の子にとって「ピアノを弾く」「ピアノに憧れる」ということは、どこか勇気が必要なものだ。それは現在のピアノ少年でも変わらないと僕は思う。

ピアノを弾くということは、どこか「男の子らしさ」よりは「女の子の世界」に一歩踏み入るということになる。むろん、ピアノ=女の子という図式が正しいとは思わないが、男の子の日常世界、それは友達とか学校とか、狭い範囲の世界であるからこそ、ピアノというものに近づくこと自体に勇気が必要なのだ。

「僕はキラキラしたディズニープリンセスの世界が好きなんだ」普通子どもの世界の中で返ってくる反応は「お前、変わってるな?」みたいなものかもしれない。

「男の子なのにピアノなんて珍しいわね?」という言葉は何度も言われたことがある。傷ついたという記憶はない。でも「女の子だったら何も言われないんだろうな・・・」などとは思った。それどころか、女の子だったら「あらぁ・・・ピアノなんて素敵な趣味ね」みたいな?

今では男の子もピアノを習うことは、昔ほど特別なことではなくなったらしい。でも「女の子と全く同じ」ではないと僕は思う。どんなに楽しそうに屈託なくレッスンに通ってくる男の子でも、なにかしらの「心の奮起」「その子なりの勇気、決断」があったと思う。やはり、やはりピアノというものは、ディズニープリンセスの世界、キラキラしたドレスが舞う・・・みたいなキラキラしたものと通じるところがあるから。

保護者やピアノ教師は、ピアノを習っている男の子には「まぁ、男の子なのに丁寧に弾くのね?」とか「男の子なのに綺麗な音ね」なんて言ってはいけない。「男の子なのに・・・」という言葉は「普通は女の子がそうするものだから」という意味合いになるからだ。少なくとも、その男の子はそう感じる。絶対にその時の感情は表には出さないけどね。

もし、自分の子どもが、いかにも男の子向けのDVDではなく、このディズニープリンセスの世界の「眠れる森の美女」を選んだとしたら、「素敵じゃない?」と言ってあげて欲しい。キラキラした世界に憧れるのは男の子も女の子もないんだから。

kaz




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