ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

サークル内のカースト制度 

 

仮に僕がヴァイオリンを習い始めたとする。そしてサークルに参加したとする。他のメンバーはサラサーテやパガニーニの難曲をバンバン弾いていたとする。僕は「日の丸」程度の曲でサークルに参加したとする。まぁ、これは例としても極端すぎるとは思うが、僕としては「なんだか場違いかも・・・」とは思ってしまうかもしれないし、「よし、次はもう少し難しい曲を弾けるようにしよう」とも思うだろう。

でも、難曲を弾く人、つまり巷で言う上級者と呼ばれる人たちに対して「内心僕をバカにしているんだろ?」とは思わない。中には「あっ、あんな曲でよく参加できるわね」と感じる人もいるかもしれないが、でも「上級者は初心者をバカにしているものだ」とは思わない。

上級者は初心者、中級者を内心バカにしていて、たとえばショパンのノクターンOp.9-2などの曲を真摯に演奏している様に対して、「フ・・・あんな曲弾いちゃって・・・」と思うものと決めつける・・・

初心者はそのようなサークル内のカースト制度など知らないから、ある意味犠牲者となって、ノクターンを弾いてしまう。そして気づくのだそうだ。「あら、私ったらこんな上級者が見向きもしない曲を弾いちゃって・・・」と。そしてその初心者も難曲に走るようになる。

そんなことがあるわけないじゃないか!!!

上級者がノクターンOp.9-2を弾くとしたら、それは「私ってこんな曲も弾くのよ」的な余興的なものであるらしい。上級者はそのような曲をバカにしているそうだから・・・

そんなことがあるわけないじゃないか!!!

そのように思う人も中にはいるかもしれないが、上級者が全員そう思うわけがないいじゃないか?その曲を弾きたいから弾いているだけだ。

Aにカテゴライズされる人はこう思うもの、Zにカテゴライズされる人はこう思うもの、どうして決めつけてしまうのか?そう思う人がいてもいいが、それはその人の問題だと思う。上級者・・・と一般化して欲しくはない。サークル内にカースト制度が存在していると思うのは自由だが、それを言葉で表明してしまってはマズイでしょう・・・

人生の中の一コマで演奏する機会が与えられる、その時に自分で弾きたいと思う曲を弾く・・・初心者も上級者もないだろう?いったい自分はあと何回人前で演奏できる機会があるのだろう?そうも最近は思ったりする。

「なんで自分はアマチュアだから・・・なんて言うんだ?そうじゃないだろう?そんなのおかしいだろう?」

かなり強い口調で僕は叱責されたことがある。以前にもブログにパウロのことは書いた記憶があるが、僕はその時にはピアノなんて再開していなかったし、ピアノすら持っていなかったし(日本での出来事ではないので)、初見だってそう得意というわけではない。なのでパウロの「ピアノ弾ける?一緒に演奏しよう」という提案に躊躇してしまったのだ。「僕・・・きちんとピアノ弾けないし~」と。冷静に考えれば、クラシックの曲ではなかったし、ミュージカルの曲で、ピアノ譜は単純なブンチャッチャ的なものだったので、躊躇する必要もなかったし、間違えてもパウロは気にしなかったはずだ。でも躊躇した。

「なんでそんなことを言うんだ???」

パウロはその頃もプロの歌手であるという自覚を持っていたと思うが、全く売れなかった。カバー歌手をしていた。本番で何らかの理由でキャンセルする歌手の代役。舞台袖でただただ待つ。本キャストの歌手が歌えば、自分は歌うことすらできない。どんなに完璧に仕上げていても。一声も発することなく帰宅するだけ・・・

「屋台の揚げ物の匂いを嗅ぐと当時はいつも空腹だったんだなと記憶が蘇るんだ」そうパウロは言った。

「でも最も辛かったのは空腹感でもなく、自分が表現できないということだった。自分の内側から壮絶なまでの表現したいという欲求が込みあげてくるんだ。でも歌う機会も場所も自分にはない。だから毎日祈ったよ。神様、何も与えてくれなくていいです。でも歌う機会だけは僕に与えてください。それだけでいいですから・・・」

弾きたいから弾いている・・・それだけってことだ!

kaz




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