ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

海外で頑張る日本人 

 

オーボエはあまり聴かないかなぁ?よく知らないというか?子どもの頃からアルビノーニのオーボエ協奏曲だけは好きだった。どこかオーボエ=バロックというイメージを持ってしまったのかもしれない。

このピアソラ、オーボエなんだね。結構珍しいかもしれない。ピアノだとタッチ・・・というところになるのかもしれないが、発音の瞬間のデリケートなところがいい。発音の瞬間に微妙なる薄いところから入って・・・みたいなところがいい。コントロールされている感じが好きだ。

この感覚、ピアノだとなぜに困難なのだろう?音が多いから?全部を一人で頑張るから?発音の瞬間の微妙なコントールがないと、スコンスコンと、どこか「打っている」「叩いている」的な音にどうしても感じてしまう。音としてはそう感じるが、フレーズという単位で聴くと、抑揚がなく表現に欠けるという印象さえ持ってしまう。輪郭がぼやけてしまう感じ?どの音も同じような音なんだもん。

オーボエの音、発音って、どこか人間の声、歌に近いように感じるのは僕だけか?

豊潤なハーモニーに、オーボエの発音の瞬間のような、どこかクリスタル感覚の音が浮かび上がる・・・みたいなピアノがいいな。

このオーボエの演奏は日本人の演奏。ケルン放送管弦楽団のオーボエ奏者。ドイツで頑張っているんだね。指揮をしているのは、同じオーケストラのファゴット奏者。日本人、活躍しているねぇ・・・素晴らしい!

この人に限らず、管楽器の人って吹奏楽出身の人が多いらしい。この人も中学校の吹奏楽部で音楽に開眼したみたいだ。でも自分の楽器も持たず、指導者は同じ部の先輩・・・みたいな感じで、「専門的にエリートコースを・・・」という感じではなかったみたいだ。

専門的に音楽の道に進みたい・・・そう希望した時、まず考えるのは音大進学。ご本人が自ら語っているのだが、この人は京都芸大を受験するが失敗している。翌年は東京芸大を受験するが、そこでも不合格。

問題となったのは、オーボエではなく、なんとピアノだったのだそうだ。高校3年生からピアノを習い始めた。スロースターターではあった。でもオーボエ専攻の受験生をピアノの腕前で判断して落とす???なんとも不可解なことに素人には思えてきてしまう。そんなものなのだろうか?「高3からピアノ?芸大?それは厳しいのでは?」という感覚がむしろ普通なのだろうか?

「あの時芸大に合格していたら、自分は今でも日本にいると思いますねぇ・・・」

「3浪はできないな・・・」その時、ドイツから来日していたオーボエ奏者に聴いてもらうチャンスがあったらしい。

「日本がダメならドイツで吹いてみませんか?」

日本の音大を卒業しての留学ではないので、すべての授業をドイツ語で履修しなければならず、ドイツ語も話せないし・・・ということで、それはそれは大変だったみたいだ。僕も似たような経験があるので、なんとなく理解できる。夜、悪夢を見てうなされたりしました・・・

卒業するまでも大変だっただろうが、卒業後もドイツに残り外国人として頑張っている、これは本当に大変なことなのではないだろうか?

日本の音大受験システムだと、このオーボエ奏者のような人は、消えていってしまう運命なのだろうか?彼のオーボエを聴いていると、オーボエで受験しているんだから、ピアノなんかどうでもいいではないか・・・などと思えてきてしまう。

kaz




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