ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

愛のムチ 

 

米山正夫という作曲家について、多くの歌手(演歌や歌謡曲の)が語っているが、共通しているのは、非常に気さくで温和な人だったということ。戦中、戦後期からヒット曲を書き続け、それらの曲は日本人のスタンダードにさえなっていたから、とても偉い先生=厳格な恐ろしい人というイメージを最初は歌手たちは持ってしまうらしい。

チータという愛称で知られる歌手、水前寺清子の本名は林田民子というのだそうだ。チータという愛称は作詞家の星野哲郎が命名した。「ちっちゃな民子」という意味らしい。水前寺清子を星野哲郎は非常に可愛がったらしい。愛弟子というか・・・

水前寺清子の20何枚目かのシングルで、星野哲郎と米山正夫とが組んだ。「米山先生の曲・・・」

「森の水車」や美空ひばりの数々の名曲が水前寺清子の頭に浮かんだ。「まだ生きていらっしゃる方だったんだ・・・偉い雲の上のような方なんだ・・・」

新曲「三百六十五歩のマーチ」は星野哲郎の愛のムチでもあった。「息の長い歌手であるためには、どんな曲でも歌いこなせなければならない」

「えっ?これが私の新曲?ワンツー・ワンツー・・・英語?運動会の歌?マーチ?」それまで演歌一筋に歌ってきた水前寺清子に拒否反応が起こった。「これは私の歌じゃない。こんなの歌えない・・・この曲を歌ったら水前寺清子という歌手は終わってしまう」

一時間ほど彼女はスタジオでごねたらしい。「歌いたくない。これは私じゃない・・・」

プロデューサーが彼女に静かに言った。「チータ、君は歌手なんだろう?一度だけでも歌うべきなんじゃないか?」

「歌手?もし歌手生命がここで終わるのであったら、最後のつもりで、せめてしっかり歌ってみよう・・・」

三百六十五歩のマーチに水前寺清子の歌声がかぶさった・・・その時、それを聴いていた作曲家の米山正夫が笑顔を浮かべながら、腕で大きな大きな丸を作ってくれた。「チータ、いいじゃないか・・・・」と。

kaz




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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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