ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「森の水車」 

 

叔父が流しという職業だったので幼児期から歌謡曲を聴いて育ったところがある。普通は子供向けの曲、当時だったらアニメの主題歌とか、「あかあさんといっしょ」などのテレビ番組で歌われる曲などを聴いて育つのだろうが、僕の場合は、歌謡曲や洋楽を聴いて育った。歌謡曲と言っても、主にムード歌謡が多かったようだ。叔父はフランク永井を崇拝していたから。

叔父が亡くなってからは、ごく一般的な小学生と同じようにアイドルの曲を聴いたりしていた。当時はピンクレディーの全盛期だったように記憶しているが、僕が好きだったのは天地真理。人気に陰りが出てきた頃だと思うが、気にせず聴いていたように思う。

洋楽も聴いていたと思うのだが、中学生になった頃、いきなりバーブラ・ストライサンドの歌唱に圧倒された。この頃はバーブラの歌しか聴かなかった、というか聴けなかった。

でもクラシック音楽はずっと聴いていたし、最も聴いていたのもクラシック音楽だ。これは現在でもそう。でも、クラシック音楽が全ジャンルの音楽で最高峰に位置づけされる・・・のようにはあまり思っていない。このブログはピアノブログではあるのだが、声楽の曲の紹介が多いように思う。またピアノブログにしては、クラシック以外の音楽に関する記事も、歌謡曲も含めてだが、多いと自分では思っている。まぁ自分が、好きなら何でもいいわけなんですね。

自分は日本の曲について、どれだけ興味があるのだろう?声楽の曲以外には、ほとんど興味はないみたいだ。いわゆる「日本歌曲」とカテゴライズされる分野においては、音大のピアノ科学生よりは知っている・・・という程度だろう。「さくら横ちょう」には二種類ある・・・ぐらいの知識がある程度?童謡とか叙情歌の分野は、介護の世界にいるので、多少は知っているかもしれない。

でも思ったのだ。「津軽のふるさと」の作曲者、実は知らなかったし、知ろうともしなかった。米山正夫という人なんだね?別に知らなくてもいいのかもしれないが、でも西洋クラシック音楽の作曲者は日本の曲の作曲者よりも知識はあるのだ。「津軽のふるさと」の作曲者なんて知らなくてもいいということであれば、「英雄ポロネーズ」の作曲者だって同じだろう。でも知っている。

これからは脳も衰えるばかりだろうし、なかなか新しいことを知るという機会も減っていくのだろうと思う。まぁ、老いるというのはそういうものなのかもしれないし、そのことに反発したくなる微妙な年齢に今自分はいるのだろうとも思う。

米山正夫さんについて、少しだけ探索してみようと思った。僕だけが知らなくて、一般的日本人が彼の代表作を次々と挙げられるなんていうことはないだろう。

米山正夫という作曲者の「津軽のふるさと」以外の代表曲を知りたくなった。

この曲も米山作品だったんだねぇ・・・若い世代の人は知っているのだろうか?

昭和17年に高峰秀子のレコードが発売されたが、発売数日後に発禁になってしまったらしい。当時の高峰秀子は美少女スターだっただろうし、発売されればヒットしたのでは?なんで発禁になってしまったのだろう?

これは当時の状況が戦時中だったからだ。曲調や歌詞内容が時代に合わないと判断されたらしい。なんとなく思うのだが、「楽しい春がやってくる」という歌詞など、いかにも「今は暗い冬だけど・・・」みたいなことを連想させたのかもしれない。曲の感じも愛国心を煽るというものでもないしね。あとは、コトコトコットン・・・の部分はまあいいのかもしれないが、次のファミレドシドレミファがいけなかったのだと思う。

敵の言葉・・・ということなのだろう。ドレミ・・・は禁止されていたんだよね。イロハ・・・で読まなければならなかった。イロハだと歌詞として変なことになるよね?

まぁ、いろいろあり発禁になってしまったわけだが、戦後にこの曲はヒットしたね。なので現在まで歌い継がれている。でも発禁されてしまう理由としては、なんだか泣きたくなってしまうような理由だ。でも当時はそうだったんだねぇ・・・

考えてみれば、当時、ここまで軍国調ではない曲を発表するなんて、結構勇気が必要だったのかもしれない。今のような時代だからこそ、だからこそ・・・そんな作曲者や作詞者の気骨みたいなものさえ感じてくる。別の意味で泣きたくなってしまうような曲だ。

kaz




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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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