ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ミラーニューロン考 3 

 

大人になってからピアノを始めた人によくある悩みが「指が動かない」ということ。たしかに訓練された音大生(訓練されていない音大生も最近は存在しているらしいが)とスケールの速さをストップウォッチで計測したらピアノ歴1年の50歳の大人に音大生は勝つだろうと思う。

ではスローテンポの曲だとどうだろう?この場合もなんというか、ピアノに慣れていない大人の場合、指が緩慢というか、指運びがスムーズではないというケースはある。基本的にスローテンポの曲でも、指の動きそのものはスローになるわけではないと思う。打鍵したら入魂の必要はないわけで、さっさと次の準備をするべき。なので、指の運びそのものがスローでいいわけではないのだ。次への準備の瞬間は長くなるかもしれないが。

「ほら、やっぱり大人は不利なのよ・・・」

この場合、指が動かないというよりも、脳の指令と指の動きとの関連に慣れていないのではないだろうか?「動かない」ではなく「慣れていない」のだとしたら、可能性も出てくるのではないだろうか?希望の光というかね。脳の指令と指との関連に慣れていない子どもも多くいるように思う。そのような子どもは、やはり指が動かないような気がする。

「どうせダメなのね」という思考になった時に人間の能力はそこでストップしてしまうので、やはり諦めないということは大事なのではないかと。年齢の差よりも経験の差と考えればいいのかもしれない。子どもでさえ(?)いい経験を積めば弾けるようになるのだから、大人だって同じではないだろうか?

僕は小学1年生からピアノを始め、3年かけてバイエルの上巻が終わらず、さらに3年かけて下巻も終わらなかったピアノ歴の持ち主だ。その間、自己流で好きな曲を弾いたりしていたが、指訓練とかエチュードはやったことがない。その後、30年のブランクがあり、現在50歳。このような経歴にしては、子どもの頃から習っていた人、あるいは音大卒の人と比較しても、そう緩慢な指の動きの持ち主という印象は与えていないという自覚は持っている。まぁ、自分だけそう感じていて他人が本当のところを指摘しないだけかもしれないが・・・

音のイメージという「表現」という領域に関わらない、純粋なるメカニック、技術ということにおいても、先に準備をする、先に用意をするという感覚は必要だと思われる。指が動かないと嘆く人、あるいは実際にそのような印象を与えてしまう人に共通しているのは、個人的には指そのものの動きということよりも、準備が遅い、いつまでも弾いてしまった音というか、鍵盤に留まってしまっているという印象だ。つまり離鍵(?)が緩慢。

だとしたら、その部分を直せばいいわけだ。この部分はミラーニューロンなるものが強い味方になるのでは?結構このようなことは、一度白紙になって「できている人」の真似をしてみるといいのかもしれない。

この衝撃のバレエを踊っているのはナタリア・オシポワ、イワン・ワシーリエフという人たちだ。この二人はバレエを専門的に習っている人たちにとっても「なぜなの?なんでこんなことが可能なの?」というような高度な技術の持ち主たちだ。ミラーニューロンを使ってピアノに少しでも生かそうという場合には、実際にバレエを踊るわけではないのだから、このような驚異的技術を生み出している根本的な要素を取り込めばいいわけだ。

先先先・・・の法則ではないだろうか?音と身体を同時に合わせるというよりは、先の瞬間の意識というものが、非常に素早い。脳と身体の動きという関連が非常にスムーズで闊達なのだ。だからこのような人間業とは思えない動きができる。

ピアノの場合、ドソドラと5度、6度という音型を弾く場合、ドソと弾いて、またドと弾いた瞬間に次のラ音の準備のために手は少し開いているだろうか?そのタイミングが遅いのでは?動かない・・・ではなく。いつまでもドのままで留まっていると、全体的な動き、準備が遅くなるので、「動かないのよ~」と錯覚してしまうのかも?これは身体的能力というよりは、慣れの問題、意識の問題のような気がする。

「脳が動かないのよ~」と言われたらどう言っていいのか分からないが・・・

kaz




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