ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

レメシェフの「気」 

 

札幌でのチャリティーコンサート、正式に申し込みました。僕は、やはりやはりピアノよりは歌のほうが好きなので、選曲もどこかに歌への執着みたいなものがある。今は、ロシア歌曲とナポレターナに愛着を感じるので、まだ先のことだが、コンサートではラフマニノフを弾こうと思っている。ラフマニノフ、ピアノの人だったら、普通は前奏曲集とか楽興の時、エチュード、あるいはソナタ・・・あたりを考えるのだろうが、僕の場合は、やはり歌になってしまう。「ヴォカリーズ」・・・なぜラフマニノフはこのメロディーをピアノのために書いてくれなかったのだろうなどと思うが、編曲してくれている人も沢山いるからいいもん・・・などとも思う。

今回はアール・ワイルドの編曲のバージョンを演奏しようと思う。とてもゴージャスな編曲で、表現を変えると「真っ黒な楽譜」なので、僕が勝手に思っている法則が当てはまるような曲だろうとは思う。

法則①  切々とメロディーを歌い込む系の曲、ショパンのノクターンなどのような曲は「メロディー、メロディー」と思うよりは、和音、和音と思うと上手くいく。

法則② 逆に和音密集系のラフマニノフのような曲は、「和音をつかまなきゃ!」と思うよりは和音の連続を「メロディー、メロディー」と思うと上手くいく。

「ヴォカリーズ」は①も②も必要かな?

ラフマニノフ=ピアノ・・・みたいなところがあるし、彼自身もピアニストであったわけだけれど、僕としたらラフマニノフ=声楽・・・なんだよねぇ、特にラフマニノフの場合、彼の歌曲を聴かなければピアノ曲なんて弾けないとさえ思うほどだ。

ラフマニノフに限らずだが、ロシアものの歌曲を聴いていくうえで、どうしても関わってくる歌手たちがいる。僕の場合、テノールを好む傾向にあるので、やはりセルゲイ・レメシェフ、そしてイワン・コズロフスキーという名テナーの存在が大きくなってくる。二人はほぼ同年代の歌手。コズロフスキーの方が二つお兄さんだっただろうか?ボリショイ劇場の看板スターとして活躍した。二人もスターがいたなんて、この時代のモスクワのオペラ好きは幸せだっただろうな・・・などと思う。二人とも貧しい農家の出身というところも凄いよな、などと感じるところだ。

今回はレメシェフの紹介。この人は靴職人になるはずだった。セルゲイも実際に職人になるための修業をしている。でも歌手になった。このあたりは他の多くの歌手と同じだ。ピアニストなどの楽器奏者にはあまりないことだが、ある程度成長してから「俺・・・やってみる!」という人生の転換、選択がある。

基本的にはプロの場合、プライベートで何があろうと、仕事には反映させないものだろうと思う。看護師が「今日は疲れているし、気分も冴えないので、注射もそれなりに・・・」なんてないはずだし、ピアニストが「今日はイライラするし、悲しいことがあったので、呪いのようなショパンにしてやれ」なんてないはずだ。でも人間だからねぇ、何かしら演奏に反映されるということはないのだろうか?聴き手としての僕は、あまり切り離して感じることはできなかったりする。特にセルゲイ・レメシェフのような歌手の場合は。

靴職人からスター歌手への華麗な変身・・・芸能界のアイドルではないのだ。そんなに簡単なことではなかったはずだ。僕が歌手が好きなのにはそこに一つの理由がある。なんというか、彼らの歌を聴いていると、物凄く歌、音楽への愛情というか執念というか、強い「気」のようなものを感じてしまう。これはピアニストから感じることはあまりない感覚だ。

特にレメシェフは肺の片側の機能を失ってしまうという不幸な出来事があった。肺が虚脱してしまい、医師からも歌を諦めるように宣告される。でも彼は発声を変え、歌い続けた。人工的に肺を膨らませて・・・などと書いてあるが、どうやっていたんだろう?それはともかく、レメシェフの歌、特にロシア歌曲を聴いていると、エネルギー、気のようなものを感じてしまう。襲いかかってくるほどだ。

「僕から歌うことだけは奪わないで・・・」そんな感じの「気」だろうか?

レメシェフのラフマニノフ歌曲、「ここは素晴らしい場所」

kaz




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