ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

虹と雪のバラード 

 

今年、札幌で演奏しようと思う。昨年東京で演奏したチャリティーコンサートの札幌版。札幌が本家なのか?それはともかく、札幌滞在の予定が、土日、そして祭日となるので札幌のホテルが取れない。これは予期しなかったことだ。札幌についての予備知識は全くないが、札幌の老舗ホテルと言えば、やはり「札幌グランドホテル」だろうと思ったので、電話をしたが、ツインが満室で取れない。一休などでネット予約すると多少安くなったりするのかもしれないが、部屋が限定されてしまうので、ホテルのホームページを参考にしながら電話予約をする。と言っても、僕は難聴なので友人に頼むのだが・・・

「○○フロアのツインでしたら1室だけ空いております」とのことだったが、一泊21万円超え・・・それはあまりに・・・

駅周辺は全滅。京王プラザホテルの○○ツインだけが、かろうじて空いていた。東京で京王電鉄を日頃利用する身にとっては、なんとなく身近というか、いささか高級感に欠ける気もしたが、そこにした。道路で寝るわけにもいくまい。ビジネスホテルって泊まったことないので不安だし。旅は楽しみたいし、お金はないのに高級旅館好きの僕は、やはりシティホテルがいい。京王プラザホテルの中では最高級のツインで一泊5万円超え。ホームページの写真で確認する限り、いい感じだ。まぁ、遊びに行くわけでもないのだが、演奏する際には気分というものも大切だし・・・

北の大地で演奏してみたい・・・ということも多少はあるが、全く僕という人物を知らない人の中で演奏してみたいという気持ちの方が強い。アマチュアだとありがちだと思うが、ピアノサークルとか、教室の発表会とか、どうしても「いつも同じメンバーが聴衆」ということになりがちだ。それはいいのだが、僕という人物がどのような演奏をするか、ある程度は(かなり?)知っている人の中でいつも演奏していることになるので、刺激というか緊張感みたいなものは薄れてくる。僕が勝手に思い込んでいるだけかもしれないが、自分の演奏を自己評価してみると、バリバリ難曲制覇願望・・・というピアノではなく、「何かを伝えたいの」的ピアノだと(自分では)思っている。そのような感想を頂くことも多いし。でも札幌では僕は未知の人になれる。

特に「この曲が弾きたい」とか「一度は弾いてみたい憧れの曲」みたいなものに固執しないタイプなので、このチャリティーコンサートに限らず、選曲というものにいつも苦労する。コロコロ曲を変える常習犯だしね。

昨年は3分程度の曲を弾いたのだが、昨年は地元開催(京王電鉄(!)で自宅から30分程の会場)だったし、参加表明が遅れて時間枠の関係で3分だったのだが、やはり飛行機で札幌まで飛んで「3分」ではあまりにも寂しい気はする。今年は参加表明を早めにして時間確保をしようとは思う。選曲ということにも絡んでくるのだが、何を伝えたいか・・・というか、どのように感じてもらえるかということに悩む。

世の中の常識というのだろうか、ピアノというものは音大を卒業しなければ素人とか(事実かもしれないが)、電子ピアノで練習していると上達しないとか、ブランク(僕の場合は30年)があると指が動かなくなって弾けないとか、そのような常識に対して「そうではないのかもしれないよ!」ということを声を大にして言いたい感じなのだ。体力も人よりはなく、壮健という感じにはほど遠いし、聴力の問題もある。でも「何か・・・」があればピアノは弾けるというか、楽しめるものなんだよ・・・ということを発したいのだ。

僕はピアノにおいて「努力」とか「根性」みたいなものに美意識を感じないタイプなのだが、「才能」という言葉をピアノに関して使うのはあまり好きではない。「才能が違うのよ」「私ってあの人のように才能があるわけじゃないから」みたいに・・・

習う側も諦めてしまっているところがあるのでは?「プロじゃないんだしぃ・・・」「趣味だから楽しいピアノでいけないの?」いけなくはないが、ピアノの練習なんて楽しいものだろうか?僕は旅行の方が楽しいな。教える側もどこをどうすれば弾けるようになるということへの概念に多少欠けている人もいるのでは?なんとなくピアノを再開して感じることだ。そして心の中に風が吹く時でもある。

考え方次第というか、いい指導者との出逢いみたいなもので、誰でもピアノは「美しく」「人に何かを伝えられ」「自分も何かを感じられ」みたいな喜びを得られるものなのではないか?

その「何か・・・」なのだが、そしてその「何か・・・」は札幌演奏だけに限ることではなく、いつも考えているようなことではあるのだが言語化することは難しい。というか、不可能な感じだ。でも、この文章を書いていて(打っていて)頭の中に浮かんだ演奏がある。「これなんだよ・・・」みたいに。

アルフィー・ボーというイギリスの歌手は、どのジャンルにカテゴライズされるのだろう?「クラシック」ではないような気はするし、「ポップス」には限りなく近いけれど、発声はベルカントっぽいし、強いて分けるなら「ミュージカルっぽい」感じの歌手になるのだろうか?

この人は歌手になる前は自動車の整備士だったそうだ。歌手ってクラシックでもそのような人は結構いる。それは歌はピアノのように幼少の頃から訓練を重ねて・・・というものではないからだろうと思う。ピアノだったら20歳で目覚め、ピアニストに・・・なんて現実的ではないと思うが、歌手だったらそれができるのかも。普通、人間は就職して仕事をしなければ食べていけないから、歌は好きでも職業として最初から歌手を選ばない人も多いのだと想像する。整備士の仕事をしながら、当然歌は好きだから、職場の同僚の前で歌ったりもしていたのだろう。周囲は驚嘆する。「お前、歌上手すぎないか?」噂が広がり、インプレサリオが嗅ぎつける・・・結構、歌手の人ってこのパターンの人は多い。数ある楽器の中で唯一「コンクール」というものが重要視されないのも「声楽」「歌」だと感じるし。

だからこそ・・・と言うのかな、何かを伝えるんだみたいなものをビシバシ感じるのだ。伝えるというか、彼の内面の熱い何かを聴き手は感じる。この「何か・・・」なんだな、僕も追いたいのは。一音もはずさずにミスなくパラパラと・・・みたいなピアノには興味がない。「何か・・・」を求める。

そんなことはプロだけが可能なもの・・・それにもなんだか反発を感じるし・・・

kaz




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