ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

復活の季節 

 

僕が小学生の頃だっただろうか?内藤やす子という歌手がデビューした。当時は歌番組全盛時代だったから、それほど歌番組を積極的に観ようとしなくても、当時のヒット曲というものは、世代を超えて耳に入ってきた。そんな時代だった・・・

彼女の「弟よ」とか「想い出ボロボロ」というヒット曲は小学生の僕でも知っていたし、独特のハスキーな声が印象を強いものにしていた。人気絶頂期、たしか大麻所持で逮捕され、一時芸能界から消えていたと思う。内藤やす子だけではなかったように思う。多くの歌手が逮捕され、芸能界と麻薬というものの関係が問題となったのではなかったか?個人的には研ナオコの逮捕がショックだった記憶がある。

その後、芸能界に復帰し、「六本木ララバイ」などのヒット曲に恵まれた。何よりも、実力派の歌手という印象があり、平成になってからも、懐メロ番組などで、健在なる歌いっぷりを披露していたと思う。

「最近テレビに登場しないな・・・」でも、そのような実力派歌手は多い。地方などでも歌い、堅実に活躍しているのではないかと思っていた。なので内藤やす子が脳出血で倒れたということは今まで知らなかった。

福島でのショーの途中、脳出血で倒れる。一命は取り留めたものの、すべての記憶が消えていたという。自分が歌手だったことも。初めて記憶の一部が戻り、初めて発した言葉が「ハズバンド」だった。英語だったという。夫であるマイケル・クリスティンソンさんをまずは思い出した。懸命のリハビリに励み、なんとか歩けるようにはなった。でも記憶障害が残った。

それだけではなく、マイケルさんに連れられ街を歩いていて、突然カラスの鳴き声を真似たりとか、幼児化した言動、裸でコートをまとっただけで出歩いてしまうという異様な行動もあったりしたという。

夫のマイケルさんとは20歳以上も年の差のある夫婦だ。夫であるマイケルさんの一目惚れだったそうだ。人気絶頂だった歌手、内藤やす子は、それは眩しかったのではなかろうか?光り輝いていた彼女が幼児のようになっている・・・ショックだったのではなかろうか?

小学1年生用の算数ドリルなどを使い、懸命に妻の頭のリハビリに励む。マイケルさんの収入だけでは家賃を払えないので、内藤やす子の実家に移り、妻の闘病生活を支え続けた。経済的にかなり苦しかったようだ。どんなに頑張っても、内藤やす子は昨日の記憶すら覚えていない。

ある日、奇跡が起きる。夫婦で動物園に行った。数日後、妻が突然言ったのだ。「また・・・またペンギンを見てみたいな・・・」と。数日前の記憶を覚えているまで復活してきたのだ。

脳出血から10年間、内藤やす子は歌手としての活動をしてこなかった。できなかったのだ。でも、かつて所属していた音楽事務所は彼女の籍を抜いてはいなかった。

「内藤さん・・・大分お元気になられたようで。相談なんですが、また歌ってみませんか?」

「えっ?歌・・・ですか?」

その時、もしまた歌えるようになったら、今まで支えてくれた夫、マイケルに恩返しができる。夫に経済的に楽な生活をさせてあげることもできるかもしれない・・・と思ったのだそうだ。

「やってみます・・・」

マイケルさんは「あなたが幸せならそれでいい。恩返しとか、そんなことはいい」と言った。でも歌うことは生きること、内藤やす子は心の中で復帰を誓った。でも10年間のブランク、歌詞を覚えられない、音程が取れない、声が出ない、そしてなによりも「感情を歌に乗せる」ということを忘れてしまった。昔はどんな曲を貰っても、ただちに感情を乗せることができたのに・・・

「できない・・・できない・・・できない・・・」

これは内藤やす子が10年ぶりにテレビで歌うまでの記録だ。

春は復活の季節なのだ。

kaz




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