ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

最強のふたり 

 

人間は皆同じ・・・当たり前のことかもしれないが、それを認識するのは意外と難しい。別に「同性婚反対」というプラカードを掲げて街を歩いたりはしなくても、心の奥底では賛同できないとか、細胞レベルで「同性愛?なんだか気持ち悪い、理解できない」と思う人はいるだろう。いて当然なのかもしれない。どのように感じるかは自由なのだから。でも多数派が理解できない、気持ち悪いと感じることが世間での普通になってしまい、少数派が不便を感じる、法的に対等ではないというのは平等ではないような気はする。

ウーマンリブという運動があった。僕は子どもだったので、北米を中心に起こったこの運動をよくは知らない。でも日本の1970年代の結婚している男性の家事参加率よりは、現在は夫の家事、育児参加率は高いとは思う。「イクメン」という言葉もあるくらいだし。男は社会で戦い、女は家庭を守るものだ、それが自然なのだ・・・なんて今の時代言う人はいるのだろうか?あまりいないのでは?では男女平等になったのか?夫がスーパーに買い物に行く。でも買い物リストを妻が作成し、家計は妻だけがやりくりしているのだったら、買い物という行為は夫の単なるヘルプに過ぎない。シェアではないのだ。ヘルプをシェアと混同している男性は今でも意外と多いのではないか?

女性が外で働くのは普通・・・たしかに1970年代、80年代よりはそうだろう。ある女性が会社を設立した。オフィスを借り・・・とすべてを女性が行った。自分の仕事なのだから当然だろう。金銭的にも一切夫の助けは求めなかった。いかにもバリバリのキャリアウーマンという感じの女性なので、結婚しているということを知ると、驚く人も多いのだという。「まあ、結婚なさっているの?賢いわ。いざという時の逃げ道を用意なさっているなんて・・・」これって無意識に出た言葉なのだろうが、だからこそ無意識の差別となるのではないだろうか?

自分は差別なんてしない・・・僕も含め多くの人がそう思う。差別なんていけないことという概念は持っているから。ああ・・・僕って差別しているなぁ・・・と自覚することはあるだろうか?思いつかない。だからこそ、無意識の差別をしているのではないかと恐ろしくなる。おそらく、なんらかの差別は自分もしているのだろうなぁ・・・などと思う。

首から下が完全に麻痺している人と出逢ったら自分はどのように感じるだろう?「気持ち悪いから寄らないで」とは思わないだろうと思う。でも本当に僕とその人とを対等の人間だと感じるだろうか?むろん、手も足を動かないのだから、食事だって介助することになる。この時、少しでも「やってあげている」とか「普通の人は自分で食事をするのに・・・」と思わない絶対の自信はない。人間は皆対等なのだから、あなたも自分で食事をして・・・と放置はしない。それはしない。でも首から下の感覚のない人の考えや世界基準のようなものを認め、健常者という僕自身のそれと比較し、表面的な具体的違い(食べるという行為における動作など)を認め、尊重し、相手の個性だと認識し、「様々な個性を持った同じ人間」という感覚を持てるか?そもそも気の毒な人だとか、可哀そうな人だと心の奥底で感じてしまうのではないだろうか?本当に気の毒なのは、本心から対等と認識できない僕なのかもしれないのに・・・

フランス映画の「最強のふたり」という映画。日本でもかなり話題になったので観た人も多いだろうと思う。大富豪で、事故で首から下が完全に麻痺してしまったフィリップと、スラム街出身の前科持ちの黒人男性ドリスの話だ。フィリップは自分を介護してくれる人を募集する。「障害者を助けることをしたい」このような募集者の多い中でドリスは違っていた。「失業手当目的で来た。だから不採用にしてくれ、そうすれば手当がもらえるから・・・」フィリップはドリスを介護係として雇う。「いつまで続くか」と思いながら。

ドリスはフィリップに気に入られる必要はなかった。介護と仕事に使命感も持っていなかった。だからこそ、ドリスは障害を持つフィリップに対等の人間として接した。周囲から気を使われ、どこか気の毒な人と接してこられたフィリップにはそれが新鮮だったのだ。フィリップの側近たちはドリスの言動にはヒヤヒヤしただろう。「あっ、あんな失礼なことを言って。相手は障害者なのに・・・」と。

車椅子に乗ったまま乗り込める車、それまではフィリップや周囲の人間にとっては、その福祉用の車で出掛けるのが普通だった。でもドリスは感じたままをフィリップにぶつけてしまうのだ。「なんなんだ?この車は?あんた、格好いい車持ってるじゃないか?」「私はもうその車には乗れない」「だって車椅子のまま乗って・・・なんて、まるで馬みたいじゃないか?」「馬???」ドリスは格好いい車の助手席に抱えてフィリップを乗せてしまう。「いい車だ。最高だぜ・・・」

ドリスはフィリップを特別扱いしなかった。同じ人間として扱ってしまったのだ。

「なんでスラム出身の黒人なんか雇った?調べたけれどアイツは前科があるぞ?」そう忠告されてもフィリップはこう言うのだ。「ドリスだけが私を対等の人間として扱ってくれた。だから私も彼を対等の人間だと思う。前科があろうとそのことで差別はしない!」

全く住む世界の異なる二人、出逢うことなんてあるはずのなかった二人、心からの友人同士として結びついていく・・・そして「最強のふたり」となっていく・・・

kaz




にほんブログ村


人気ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: kinema

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top