ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「赤と黒のブルース」 

 

イタリアの風光明媚な海岸道路を走りながら、僕たちはなぜか日本の歌謡曲を聴いていた。むろん、ナポレターナも沢山聴いたが、日本の曲もイタリアの風景とはミスマッチのようでいて、どこか合っているような気もした。

「どれも日本のカンツォーネは素敵だけど、この歌手が抜群だね。国境を越えて魂を震わせる歌だね」とルカが言う。それは、ちあきなおみの歌だった。

ルカは唐突というか、理由もなくイタリアのCDなどを送ってきてくれるので、それは喜びでもあるのだが、毎回受け取るだけでは、さすがにいけないと思い、ちあきなおみのCDを送った。

「良かったよぉ・・・」

僕が送った、ちあきなおみのCDは彼女のオリジナルのヒット曲ではなく、昔の歌をカバーしたCD。ルカは日本語を全く解しないので、歌詞ではなく、歌唱と曲というか、サウンドのみで何かをちあきなおみから受け取ったことになる。

僕もイタリア語の曲はもちろん、英語の曲も、「リスニングするのだっ!!!」という意識で聴かない限り(意識しても?)歌詞を理解して曲を聴いているわけではない。その場合、曲の理解というか、感動のようなものも、理解できて聴いている場合よりは半減するのだろうか?そうなのかもしれないが、歌詞内容など分からなくても、はっきりと何かを感じとってはいるのではないかとも思う。

歌詞が表現している世界とは別の世界で感動するということもあるのではないか?言葉を超える何か・・・

バーンスタインが言うように「音楽は言葉で表現できない感情までも表す」ということが真実であるのなら、それもありなのかもしれない。

結構な枚数のCDを送ったのだが、ルカが「最高だね」と選んだ曲、歌唱は2曲。「とても1曲には絞れなかった」・・・ようだ。

イタリア人らしからぬ(?)渋い好みなのではないかと思う。この世界は日本人独特のものとも感じるし、世界共通のもののようにも思えてくる。

個人的にこの曲のちあきなおみの歌唱から感じるのは、ピアノであれば「鍵盤に触れてから弾く」みたいな準備というかコントロールが完璧だということ。それにより、声そのものは絞っていくクレシェンド効果というものもあるのだな・・・と。

kaz




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category: The Singers

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