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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

知性 

 

このブログにリンクして頂いている(数少ない?)ブログに「愛の夢のつづき」というブログがあります。ブログ主さんは野谷さんという方です。昨日のこの方のブログで札幌でのチャリティーコンサートについての記事がありました。その内容に対して「東北になにも関係ないあなたに、なにが分かるんですか?」という、個人的には心ないと感じたコメントがありました。確認されたい方は、リンク欄から直接確認して頂ければと思います。

野谷さんが主催されている、このチャリティーコンサートには僕も昨年出演させて頂きました。なので、このコメントには痛みを感じましたし、どこか憤りのようなものも感じました。昨年、チャリティーコンサートを御一緒させて頂き、野谷さんが心から「自分の出来ることは何かないのか?」という発想から続けていらっしゃるということを直接感じました。「私はピアノが弾ける、そしてピアノが好きでピアノの弾ける人も知っている。何か自分たちでもできることはないか?役に立つことはないのか?」純粋にそのような想いからチャリティーコンサートを続けてこられた・・・そして続けようとされている。

直接被災したわけでもない人に本当の苦しみは分からない・・・当事者しか分からないこともある・・・

当事者でなくてもできることはある・・・僕はそう思っています。ここからは個人的な体験談となります。

① 昔、アメリカでサナトロジーを勉強していました。授業の一つに、生と死とか無償の愛とか、そのような概念を学者や教授ではなく、一般の人を授業に招いてお話しして頂くという授業がありました。そこで印象に残った、あるアメリカ人女性のことを書いてみます。その人には二人の子どもがいて、そのうちの一人は知的障害を持っていました。ごく普通の家庭です。お金持ちだったわけでもありません。そしてその女性は専業主婦だったわけでもありません。フルタイムで仕事もしていました。子どもも少し手を離れることもあり、もう一人子どもを育ててみたいと思ったそうです。自分の子どもではなく、今度は、ある国の孤児を引き取り、自分たちの家族として育てたいと。「でも、自分の子どもではないんですよね?その孤児が生まれた国と関係があるわけでもないんですよね?なぜそんなこと・・・」「なぜ?なぜって、人間としてそれは当たり前のことだもの・・・」

子どもを守る、愛情を注ぐ、これは「愛」だと思いますが、ある意味、この感情は動物でも備わっているものです。では動物と人間との違いはなにか?それは知性を持っているかどうか。全く自分には関わりのない人たち、地球の裏側に住んでいるような見ず知らずの人たちの心の痛みをも自分の痛みとして感じられるか、愛情を感じることができるか、それが「知性」なのだと思います。知性とは決して冷たいものではなく、愛情そのものなのです。

② かつてのルームメイトがユダヤ系ポーランド人だったことは、このブログで何度か書いていると思います。彼の名をHとしておきますが、Hと初めて会った時、僕は勝手に「パデレフスキにそっくりだな」と思いました。少し長めの見事な金髪にスラブ的な顔立ちが合っているようにも思えました。僕が最も苦しかった時、僕はニューヨークに住むHを頼りました。ニューヨークという街そのものが、僕の精神を救済してくれるような気もしました。そして留学中に一緒に暮らしたHも懐かしかった。彼は僕にとって数少ない「心の内面をさらけ出せる人」でもありました。その頃、僕は抗癌剤の副作用で頭髪がありませんでした。そのことだけではなく、なにもかもが苦しく、すべてを終わらせたいなどと思うこともありました。自殺の方法を調べたわけでもないので、本気で死ぬつもりはなかったとは思いますが、それほど辛かった・・・

「本当に辛いんだ。治療も生きることも、なにもかも終わらせたい・・・」そう僕はHに言ってしまいました。彼はじっと、そして力強い瞳で僕を見つめると、バリカンで自分の金髪を刈りはじめたのです。彼もスキンヘッドになったわけです。そして静かに僕に言いました。「君は生きなくてはいけない・・・」

これはHの愛情であると同時に、知性であったとも思っています。彼と僕とは血縁関係であったわけでも、同郷の人間だったわけでもないのですから。地球の裏側に住んでいる人であっただけの僕に対して、彼は人間としての愛情、そして他人に愛情を感じることのできる知性というものを僕に示してくれたわけです。

本当の苦しみ、痛みは当事者にしか分からない・・・そのようなこともあるかもしれませんね。当事者がそのように感じるのは自然な感情だと僕は思います。でも世の中には愛情も、そしてその愛情を他人のために与えることのできる知性を持った人もいる、それも確かだと思います。

僕は野谷さんが、彼女の愛情、そしてその愛情を他人に振り分けられる知性から、長年チャリティーコンサートを企画されているのだと思っています。なので、できることは微力ながらお手伝いしたいと思っています。東北地方の人だけが復興を願っているわけではないとも思います。

kaz




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