ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

国境を越えた痛み 

 

昔、東京の神保町という所にちょっと変わったレコード屋があった。神保町と言えば、「神田の古書店街」として有名な所でもある。そのレコード屋は雑居ビルの何階かにあった。決して広いスペースではなく、その他の古本屋とそのフロアを共有していたような、そんな店だった。でもそのレコード屋には特色があった。ソビエト直輸入盤を扱う店でもあった。たしか「新世界レコード」という店だったと記憶している。店自体も神秘的(オタク的?)なところがあったが、そもそもソビエトのレコード自体が神秘性に包まれていたように思う。

僕が最も頻繁にその店に通っていたのは、高校生、大学生時代だっただろうか?新世界レコードは現在では閉店してしまったらしいが、結構思い出がある。

キリル文字を全く判読できない僕は、店が貼りつけた日本語のメモだけが頼りだった。むろん、数字は世界共通だからベートーヴェンの肖像と9という数字があれば「第九だろ?」とは理解できるが、小品集やクラシック以外のレコードは、メモがないともうお手上げではあった。僕が新世界レコードに通う目的はクラシックのレコード、それもソ連のみで有名な演奏家を発掘する楽しさにあった。例えば、ベラ・ダヴィドヴィチなどのピアニストはそこで購入したレコードで知った。80年代だと、そろそろソ連も雪解け・・・という時代だったのかもしれない。ダヴィドヴィチはアメリカにその後亡命し、西側でも知られる存在となり、僕もなぜだか嬉しかった記憶がある。

クラシック以外のレコードにも興味はあったが、日本語のメモに「今モスクワで人気の○○」などと書かれていても購入するにはリスキーかなと感じたりした。民謡なのか、ポップスなのか、そのあたりもジャケットやメモだけでは判断できないところがあったし、ジャケットも濃いというか、ソ連的というか、あか抜けない感じもして、だからこそ発掘してみたい気もしたが、だからこそ購入するにはリスキーな感じもしたりした。

当たり前のことだが、クラシックの作品は世界共通だ。いくらソビエトのレコードが神秘のベールに包まれていても、ショパンはショパンだ。なので安心感がある。でもその他のジャンルのレコードとなると、共通性というよりは、ソ連独自のものが強調されるというか、だからこそ知りたい気もするが、でもジャケ買いするには勇気が必要というか・・・

今でも、例えば、インドで教育を受けたインド人ピアニストのショパンの演奏(あればだが)のレコード(CD)には非常に興味がある。でもインドのポップス・・・となると、聴いてみたい気はするが、購入となると、どこか躊躇してしまうところはある。当時もそんな感じだったのだと思う。

一般的に「ロシアの民謡」とか「ロシアのポップス、歌謡曲」と呼んでしまうが、考えてみれば、ソ連崩壊後に独立した国は多い。かつてソ連という国に無理やり所属させられる前は独自の文化を持っていた国々。たとえば、バルト三国の国々、エストニアとかリトアニア、ラトビアのような国々。なんとなくロシアの曲とこちらが思っていても、実はエストニアの曲だったりしたら、軽々しくロシアの曲と認識してしまっていいものかどうか?

民謡とか歌謡曲というジャンルは、民衆の心情のようなもの、弾圧されてきた歴史のようなものが、クラシック作品以上に直接反映されてしまうところがないだろうか?だからこそロシアの曲、ソビエトの曲と一括り、大雑把に捉えていいものか判断に迷う。

加藤登紀子が歌い日本でも有名な曲がある。「百万本のバラ」という曲。僕はこの曲がソビエトの曲だとは知らなかった。加藤登紀子のオリジナルではないとは思っていたが、フランスあたりの曲が原曲だと思っていた。ソビエトの曲だったのね・・・

ソビエトの曲、ロシアの曲と大雑把に分類していいものか?その前に「百万本のバラ」の原曲はロシア・・・と解してしまっていいものかどうか?たしかにこの曲が世界に広まったのは、ソビエトの歌手が歌ったバージョンがヒットしたからだと思う。そのような意味では、ソビエトの歌なのだろうが、実はそのソビエトヒットバージョンはカバーでもあった。元々はラトビアの歌謡曲だったのだ。ソビエト時代はラトビアもソビエトに属していたのだから、ソビエトの曲なのかもしれないが、ロシア語ではなくラトビア語で歌われた曲が、本当の意味での原曲として存在している。歌詞の内容も「百万本のバラ」とは全く異なる。やはりソビエトの曲ではなくラトビアの曲だと思うべきなのかもしれない。

ラトビアに限らずだが、無理やりソ連という国に分類されてしまった国には、大国に翻弄されてきた、弾圧されてきた歴史がある。ソビエト崩壊直前、バルト三国の人たち、つまりラトビア、エストニア、リトアニアの人々は、かつての国境、その距離およそ600キロメートルもの距離、手を繋いで歌を歌って連邦政権の圧力と闘ったのだという。銃や武器を持たず歌を歌うことで軍部と闘ったのだそうだ。そのような抵抗の歴史がある。

「百万本のバラ」の原曲はラトビア語で歌われたラトビアの歌謡曲、「マーラが与えた人生」という曲だ。マーラとは、ラトビアの女神で母性を象徴するような女神なのだそうだ。翻弄されてきた、抑え込まれてきたラトビアの人々の心情そのもののような歌詞を持つ。

歌詞はこんな感じだ。

「マーラが与えた人生」

子どものころ泣かされた時、母に慰めてもらった
そんな時、母はよくこう口ずさんだ
“マーラは娘に生を与えたけれど幸せは与えられなかった”

もう母はいない。一人で生きていく
母を想い出す。そんな時、私は一人呟く
“マーラは娘に生を与えたけれど幸せは与えられなかった”

時は過ぎ、ある日自分の娘がこう言っているのを耳にした。
娘はこう口ずさんでいた
“マーラは娘に生を与えたけれど幸せは与えられなかった”

これが原曲・・・




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