ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

メロディーは空を超えて・・・ 

 

中学生の時に聴いた音楽、やはり演奏会で聴いてオブラスツォワの時のように、泣きながら歩いた思い出のある演奏、トランペット奏者のティモフェイ・ドクシツェル。僕が聴いた東京での演奏会は彼の単独リサイタルではなく、ボリショイ劇場管弦楽団の演奏会で、ソロも吹く・・・というものだったと記憶している。ガーシュウィンの「ラプソディー・イン・ブルー」をドクシツェル自らが編曲したバージョンで演奏していたと思う。彼の場合、トランペットという楽器イメージを超えた魅力というのが当時でも有名で、「ツィゴイネルワイゼン」とかラフマニノフの「ヴォカリーズ」、そして「ラプソディー・イン・ブルー」のような、普通だったらトランペットで吹いてみようなどと思わないような曲を鮮やかに、軽やかに、そして歌うように演奏していた。僕が聴いた東京文化会館でのガーシュウィンも動画に残っていて、そちらを紹介しようとも思ったが、ドクシツェルというトランペット奏者と親密な関係にあった、アレクサンドル・アルチュニアンのトランペット協奏曲の演奏を貼りつけようと思う。

アルメニアという国がある。かつてはソビエト連邦の一部であった国。アルメニアに限らずだが、ソビエトに属していても、自分たちの独自の文化を持ち、その文化を誇りに思っていた人たちがいた。「私はソ連人ではない。ロシア人でもない。私はアルメニア人以外の何者でもない!」独自の文化を強調していくという動きは、ソビエト中央政権にとっては脅威となりうる。弾圧などもあったのではないかと想像する。それでも自分たちの民族性というものを押し出した作曲家たちは存在した。アルメニアだと、ハチャトゥリアン、ババジャニアン、そしてアルチュニアンといった人たちだ。

アルチュニアンの作品の中で最も有名なのがトランペット協奏曲。この曲はドクシツェルというトランペット奏者を想定して作曲された。初演ももちろんドクシツェルが行った。アルチュニアンの作品の中で有名な曲・・・というよりは最も頻繁に演奏されるトランペット協奏曲の一つという地位を確立している。

まずはドクシツェルのアメリカ公演において、この曲のアメリカ初演が行われた際に火がついたらしい。アルメニアの吟遊詩人たちの即興・・・という音イメージが、この協奏曲の根底にあるらしいが、どこかキャッチ―で民族的な色合いが、まずはアメリカ人の心を捉えてしまったのだろう。そして、アルチュニアンのトランペット協奏曲は世界中に広まっていった。

ドクシツェルの演奏を生で聴いた時に感じたものだ。卓越した演奏者というものは、楽器というもの、楽器の限界というものを一切感じさせないものなのだと。沢山の和音や音を弾いているということを感じさせないピアニスト、高音を必死に出しているなどということを感じさせない歌手、そしてラッパを懸命に吹いているなどとは微塵も感じさせないドクシツェル・・・

波のように自然で楽々としている。技巧を駆使し技巧を表に出さない、感じさせない・・・

人はドクシツェルの技巧を聴く。そしてアルメニアの誇り、魂を感じる。技巧とはそのようなものだ。

kaz




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