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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

男の吐息 

 

流しの叔父が聴かせてくれたレコードで印象に残っているものは、やはり低音の魅力を持つ歌手たち。フランク永井とかビリー・エクスタインとか。叔父の声も低かったし、実際に叔父はフランク永井を敬愛していたところがある。それとは別に、叔父自身の声とは全く異なる声質の歌手の歌も叔父はよく聴いていたように記憶している。ティノ・ロッシなどもそのような歌手の一人だったと思うが、箱崎晋一郎も叔父はよく聴いていたように思う。

僕自身もこの人の歌い方は強烈だったらしく、歌手名は記憶になくても、声や歌い方は記憶に鮮明に残っている。

箱崎晋一郎のデビュー曲は「熱海の夜」という曲。独特の歌い方と、時代はムード歌謡全盛期ということが重なり、この曲は大ヒットしたらしい。ヒット曲を連発するということは非常に難しいことのようだ。次が続かないのだ。よく「一発屋」という言葉で語られたりするが、歌謡曲、演歌の世界では、むしろこのような人たちの方が多いのかもしれない。

箱崎晋一郎のCDやレコード、彼に関する文章などで、名前の表記が一定していないことに気づいた。「箱崎伸一郎」「箱崎晋一郎」「箱崎晋一朗」・・・

名前を変え、運気を変え、そしてヒット曲に恵まれたいという箱崎晋一郎の想いがあったのだそうだ。

「熱海の夜」に次ぐヒット曲が「抱擁」という曲。叔父はこの曲を特に気に入っていたようだ。全く声質の異なるフランク永井が「抱擁」をカバーしたので、叔父も奮起したようなところがあったのかもしれない。「自分にも歌えるかもしれない」と。

しかしながら「抱擁」のあとが続かない。単発ヒットとなってしまうのだ。素人考えでは、2曲もヒット曲があれば凄いことじゃないかなどと思ってしまうが、このようなケースは、なまじ下積み歌手生活で終わってしまう歌手よりも、精神的に辛いものがあるのかもしれない。ヒット時には天を見て、低迷期には地獄を見る・・・みたいな?両方を味わう辛さというのかな?箱崎晋一郎もキャバレー回りを強いられる。いわゆる「ドサ回り」という生活・・・

彼には家庭があった。妻も子供もいた。安定した生活というものを考え、ディレクターの道を選択しようとする。これは苦渋の選択だったかもしれない。歌手生活最後の歌という想いの込められた「東京運河」という曲がジワジワとヒットしていく。最終的にはオリコンで47位だか48位だかのヒット。演歌としては大ヒットである。

神は「歌手 箱崎晋一郎」を見捨てなかったのか?

チャートがジワジワと上昇していくのを感じながら箱崎晋一郎は亡くなってしまった。肝臓癌だったようだ。享年43・・・

彼が最愛の妻に言った最後の言葉が「悔しい・・・」だったらしい。

今、彼のように歌う歌手は少ない、いや、いないのではなかろうか?男の吐息、男が表現する女の心、この部分を表現させたら箱崎晋一郎を超える歌手はいないのではなかろうか?

kaz




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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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