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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

アナザー・パガニーニ・・・目的のない残酷さ 

 

マイケル・レビンは名教師ガラミアンの薫陶を受け、天才少年、神童としてデビューした。当時、アメリカでのレビンのニックネームは「アナザー・パガニーニ」というもの。多くの天才少年、少女と同じように、彼もまたパガニーニの「カプリス」やヴァイオリン協奏曲の演奏でまず有名になった。

レビンは三十代半ばで亡くなっている。演奏活動は二十代半ばで中断してしまった形だろうか?今までレビンのような例は、神童が真の偉大な芸術家に成長する難しさの一例とされてきたように思う。たしかに、幼さの残る少年、少女であれば驚嘆するようなことも、年齢が二十代にでもなってしまえば、その有難味もぐっと減ってしまうようなところはある。聴衆というものは残酷な面もあるのだ。騒いでおいて、ポイ捨てしてしまうような一面がある。

レビンもそのような難しさに直面したのだろうか?それはあっただろうと思うが、それだけでもなかったのではないかとも思う。「二十歳を過ぎればただの人」的な困難さだけではない難しさを抱えてしまったのでは・・・

レビンの演奏を聴いていると、個人的な感想だが、「静謐なまでの完璧さ」のようなものを感じてしまう。あそこまで若いうちに表現しつくしてしまうと、未来が心配にならないだろうかと・・・

むろん、精進は続くし、終わりのない世界なんだろうけど、天才はその概念を超えてしまうからこそ天才と呼ばれたのでは?

「今以上の演奏を自分はこれからも目指せるのだろうか?これ以上何をすればいいというのか?」

レビンは薬物にハマって・・・というか、依存するようになっていく。

レビンは多くの演奏家が60年で成すべきことを、20年で到達してしまったのかもしれない。彼も人間だった。ここに哀しさがある。

kaz




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