ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

凡人で良かった! 

 

技術的難所に行き詰る時以上に、「なんとなくイケてない」のような時が辛い。一応弾けてはいるのだが、なんとなく「あっけらかん」と弾いている・・・みたいな時。

「ああ・・・溢れるような才能、音楽性、感受性が自分に備わっていたら・・・」

誰でもそう思うのではないだろうか?「まっ、こんなもんでしょ?ピアノなんて楽しけりゃいいじゃない?」と心から開き直れる人はそうは多くはないだろうとも思う。「好きなんだねぇ・・・辛いのに弾くの?」この部分は自分でも理解できない部分だ。でも多くの人がそうなんじゃないかな?

才能や感受性、音楽性などというものは、そりゃあ備わっていた方がいいとは思うが、あればあったで、これまた大変なような気もする。ヨゼフ・ハシッドのような例もある。

ハシッドというヴァイオリニストは多くの人に認知されているのだろうか?プロとしては10代の時に2年程活躍していただけだし、録音も少ない。小品を僅か8曲しか残していない。なので知らない人もいるかもしれない。ハシッドはユダヤ系ポーランド人、戦乱を避け、幼い頃に家族と共にイギリスに渡っている。そこで偉大なるカール・フレッシュに師事した。

「こんな子は初めてだ・・・こんな才能は見たことない・・・」名教師、カール・フレッシュにそう言わせた。ここで思い出すヴァイオリニストがいる。マイケル・レビン。彼も同じような言葉をガラミアンから貰っている。レビンもハシッドもどこか行き詰ってしまったというところに共通点がある。才能、そしてあまりに深い感受性のようなものが、「生きる」ということを難しくしてしまったのだろうか?神童のその後は難しいものだと言ってしまえばそうなのかもしれないが・・・

クライスラーはハシッドに対して「200年に一人の逸材だ」と称賛した。そして自分のヴァイオリンをハシッドに貸与している。ハシッドはクライスラーから譲り受けたヴァイオリンを弾いていたわけだ。僅かの期間ではあったが。ハシッドは18歳の頃、舞台に立てなくなってしまう。医師の診断は統合失調症というもの。その後、ハシッドは入院生活を続け、精神的に苦しむことになる。病院を脱走しようとし、拘束さえされていたという。

ハシッドが精神的な破綻に至った理由が失恋だったとされている。でも多感な十代とはいえ、失恋ごときでそのような状態になってしまうものだろうか?凡人だからそう感じるのだろうか?ここに宗教的なものが絡んでくるように個人的には感じる。ハシッドは当然、ユダヤ教だった。年上の女性だったらしいが、ハシッドが想いを馳せた人はユダヤ教ではなかった。ユダヤ系のポーランド人と生活を共にしたことがあるので、なんとなく思うのだが、ユダヤ人にとって、ユダヤ教は自分の存在価値のようなものを決定してしまうような強いものがあるのではないだろうかと思う。気軽に「改宗すれば?」のようなものでもなかったのだと思う。

ユダヤ人としての誇り、ミューズに選ばれて、その世界に浸かってしまった自分、自由の国イギリスで暮らすことにより、自我に目覚めた天才少年は、ある種の矛盾を感じ、そして苦しみ、そして破綻してしまったのではないだろうか?

ハシッドは亡くなる前、自分が信仰してきたユダヤ教というものを全否定する発言を繰り返していたらしい。かつての神童としての自分を支えていたものを、すべて否定することに意味があったのだろうか?父親が亡くなった時にも反応を示さず、かつては自分のすべてであったはずの音楽にも無反応になっていく・・・

ハシッドは現在では禁止されているロボトミー手術を受け、その後数日で亡くなったという。

音楽に魅せられ、自分でも触れてみたいと思う。だからピアノを弾いている。ピアノは楽しいというよりは、どこか哀しいものだ。凡人の僕でもそう思う。何故弾くのかという部分で心の中に矛盾を感じる。楽しいだけのものではないのにと。その自覚があるからこそ凡人であり、生きていられるのではないかとも思ったりする。

カール・フレッシュに師事していたヴァイオリニスト、ハシッドとは一つ違いのイヴリー・ギトリスは当時のハシッドを評してこう言っている。

「あんな風にヴァイオリンをいつも弾いていたら、いつか精神が破綻してしまうのではないかと思った」

ハシッドが残した数少ない録音の一つ。十代半ば頃の演奏だろうか?

kaz




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