ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

パピヨン 

 

映画音楽というものは、音楽が脇役になる。でも、その音楽が映画の内容、さらには、その映画を観た時の自分の感情や生きた時代の記憶をも呼び戻すことがある。主役である映画そのものはパッとしないのに、音楽だけが人々の記憶に残っているということだってあるだろう。

音楽は脇役に徹する、効果的に音楽を使用し、主役である映画を盛り立てる、このような考えに徹した人がジェリー・ゴールドスミスだったのではと思う。有名な映画の音楽を担当していて、いかに映画界(ハリウッド)が彼の才を必要としたかが分かるほどなのだが、ゴールドスミスが作曲した映画音楽をいくつか並べてみると・・・

「猿の惑星」「オーメン」「エイリアン」「氷の微笑」「グレムリン」・・・

僕自身は「エイリアン」しか観たことはないのだが、とても音楽というものが効果的に使われていたという印象がある。でも「エイリアン」の音楽を思い浮かべることはできない。甘い「愛のテーマ」が映画のシーンに重なるということはない。これこそがゴールドスミスの目指したことだったのだろう。彼自身、「映画の本筋に関係のないシーンでも大甘な音楽が乱入してしまうことには疑問を感じる」と言っている。

脇役に徹した映画音楽の作曲家・・・

そのようなイメージの強いゴールドスミスなのだが、ある映画で、観ている、あるいは聴いているものの胸をかきむしるような音楽をある映画に提供している。「パピヨン」という映画だ。ゴールドスミスという人は、いわゆる恋愛映画に音楽を提供することはなかったような印象があるが、「パピヨン」も恋愛映画ではない。デートでカップルが観るような映画ではない。全編、ダークなシーンや残酷な暗いシーンが多い。「パピヨン」は刑務所もの、脱獄ものの映画なのだ。甘い恋愛映画ではない。

なぜにゴールドスミスは「パピヨン」にあのような音楽を提供したのか???実は「パピヨン」はアンリ・シャリエールという実在した人物の手記を基にした実話なのだ。この人は金庫破りの罪を犯しただけだったのだが、仲間の裏切りにより、殺人罪により終身刑となってしまう。彼は蝶の刺青をしていたので、パピヨンと呼ばれていた。

パピヨンは何度も脱獄を試みるも失敗。ある男と知り合う。ルイ・ドガという男だ。彼は偽札作りの名人で、二人の利害は完全に一致する。脱獄資金が欲しいパピヨン、暴力から守ってもらいたいドガ・・・

やがて二人は「絆」というもので結ばれていく。だが、二人の生き方は違っていたのだ。自由を求め、決して諦めないパピヨン、境遇に融合し、ある意味安定した生き方を選ぶドガ・・・

パピヨンは実現不可能なほどの脱獄を試みる、でもドガはその道を最後の最後で捨てる・・・

「パピヨン」はスティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマンの最高の演技が観られる映画であるようにも思う。脱獄シーン、つまり島から脱出するために崖から飛び降りるシーンだが、スタントを使用していないという。マックイーンが自ら海原に飛び込んでいる。

直前の二人が抱き合うシーンも印象的だ。映画を観ていると、なんとなくドガはパピヨンに男性として惹かれていくような印象を持つ。むろん、そのようなことを直に暗示させるシーンも、セリフもないのだが。パピヨンもドガの感情に気づいているのではないだろうか?そのことはお互いに決して確認しないけれど。最後の崖の上での抱擁シーン、なんとなくそのようなことを僕は感じたりする。ドガというか、ダスティン・ホフマンの演技からそのようなことを感じたりする。

各々が自分の生き方を選ぶ、秘められた感情よりも自分の人生を選ぶ・・・「パピヨン」を一種の恋愛映画と解釈すると、ゴールドスミスの音楽が、なぜこのような音楽になったのか、分かるような気もする。かなり特殊な感じ方だとは思うが・・・

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: kinema

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top