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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

夜の声 

 

小学3年生の時に音楽に開眼したのだと思う。それまでにも音楽は聴いていた。ピアノがやはり多かったかな?発表会用の曲を邦人ピアニストが弾いたレコードとか、ショパンの名曲を、これまた邦人ピアニストが弾いたレコードとか・・・

あとはレッスンや発表会で聴く中級者(上級者とカテゴライズされる生徒はいなかったと思う)の生徒が弾く「ソナタアルバム」に載っているソナタとか、ショパンのワルツとか。その演奏は、つっかえたりしていたし、なによりも定規を飲みこんだみたいな硬直した演奏だった。「きちんと弾きなさ~い」「しっかりと弾きなさ~い」・・・ピアノって辛いんだな・・・そう思っていた。

でも3年生の時に変わったんだ。ピアノの曲って素晴らしいんだ。ブライロフスキーの弾くショパンは、僕がそれまで聴いていたショパンとは違って聴こえたし、シュナーベルの弾くベートーヴェンはそれまで聴いていたベートーヴェンとは違う曲にさえ思えた。

新しい感動との出逢い・・・なんという幸福感だろう・・・

最近は、子ども時代、青年時代と比較して、そのような感動を覚えることも少なくなっていたように思う。色々な曲や演奏を聴いてきたので、40年も聴き続けていれば、過去に聴いた曲、演奏を繰り返して聴くことになる。むろん、それもいいが、あの3年生の時のような感動とはやはり違うのだ。だからこそ、新しい(僕にとって・・・だが)感動に出会えた時の喜びは大きいのだ。

今日発見した感動がロベルト・ムーロロ(?)という人。カンツォーネの人らしい。明るく太陽のように声を張り上げるカンツォーネではない。ギター弾き語りの独白のようなカンツォーネ。カンツォーネというよりは、シャンソン、または演歌に近いような?

こんなカンツォーネがあっただなんて・・・

早速イタリア人の友人、ルカに確認してみる。ムーロロってどんな人?

「なんでムーロロなんて知ってるの?そうだな、彼は90歳くらいまで歌っていたはずだけど、もう亡くなっている。ムーロロの歌はナポリ人でなくても南イタリア人なら郷愁を感じるような歌手なんじゃないかな?」

ムーロロの歌うカンツォーネ、どれも感動的だが、中でも「夜の声」という曲に惹かれた。

「夜の声って、デ・クルティスの?あれはいいね。ムーロロの夜の声ね。ソレントへ帰りたくなる感じだな」

ルカはナポリ近く、ソレントの出身だ。「デ・クルティスと言えば“帰れソレントへ”だからね。そりゃあ、懐かしく感じるさ。でもソレント人やナポリ人が愛しているのは“夜の声”のほうじゃないかな?それにしてもムーロロなんて渋い趣味だね、あとね、カンツォーネではなく、こういう時はナポレターナと言って欲しいな」

「ふ~ん・・・そうなんだぁ・・・」

カンツォーネ・・・・じゃなかった、ナポレターナ「夜の声」はエルネスト・デ・クルティスが作曲、作詞はエドゥアルド・ニコラルディという人だ。両者ともナポリ人らしい。この詞は作詞者ニコラルディの実体験らしい。実話というか・・・


「夜の声」

僕の声が、あなたを起こしてしまうのなら
あなたが夫を抱きしめながら寝ているときに起こしてしまうのなら
どうかそのまま起きていて欲しい
でも寝たふりはしていて・・・

窓から見なくてもいい
あなたが僕の声を聴き間違えるなんてあるはずないから
そう・・・あの時と同じ声
愛を込めて呼び合った時と同じ声

僕の声が、泣いている声があなたの夫を起こしても
心配なんてしなくていい

「寝て、なんでもないわ。恋人の名前を呼ばないセレナーデみたい」そう言って欲しい

こうも言って欲しい

「一人で道端で歌を歌うなんて・・・頭がおかしいの?嫉妬に狂っているの?おそらく
酷くふられて泣いているんだわ。でも何のために一人で歌っているのかしら」と・・・

そう言って欲しい・・・


ニコラルディはある女性と恋仲になったが、女性の両親から反対されてしまう。女性は身分のある高齢の男性と結婚させられてしまった。その夜、ニコラルディはナポリのカフェでこの詞を書きあげてしまったという。その後間もなく結婚相手の男性が亡くなり、その女性とニコラルディは結婚し、生涯幸せに暮らしたという。

実話なんだねぇ。考えてみればストーカーのような詞ではあるけれど。

kaz




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category: 月の輝く夜に

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