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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

本場の音 2 

 

マリア・カラスはアメリカ人なのにイタリア語が上手いとか、アメリカ人なのにベッリーニを完璧に歌う・・・なんて言う人はいない。デ・ラローチャはスペイン人なのでアルベニスは上手だが、スペイン人にしてはモーツァルトも上手い・・・なんて言う人もいない。

内田光子のリサイタルで、彼女の素晴らしいベートーヴェンを聴いたあとに、やはり日本人なので、最後には彼女の「おてもやんパラフレーズ」を聴きたかったなどと思う人もいないはずだ。

本場の音なんて、やはり関係ないのでは?そう、ないのよ・・・ないない。

アンドレ・ワッツの場合、事情は複雑になってくる。彼には二つの血が流れている。ハンガリー人の血と、アフリカ系アメリカ人の血。彼のリストは見事だ。ワッツ=リストという図式が浮かぶ人も多いだろうと思う。小学生の頃はワッツの「ラ・カンパネラ」に心躍ったものだ。この場合、ハンガリー人の血がワッツにリストを弾かせていると考えるのは、ちょっと短絡的ではあろう。でも全く彼にとっては、そのようなことは関係ないと言い切ることも難しいだろうとも思う。

彼は、非常にガーシュウィンも得意だ。個人的にはワッツのガーシュウィンはリストよりも好きだったりする。ガーシュウィンを演奏する場合、何かしらのプラスアルファのようなものが演奏の成否を左右するような気がする。達者なだけのガーシュウィンなんて・・・

ガーシュウィンの音楽を特色づけているジャズ風な香り、そのからくるリズムの躍動感、さらには都会的センスのようなものをワッツは完全に表現しつくしている。やはり、彼にアフリカ系アメリカ人の血があるからだろうか?

このワッツの演奏をじっくり聴いていると、本場の音なんてないのだ・・・という強い思いから、「ないと思うんだけどなぁ・・・」みたいな揺れ動く思いになっていく。

本場の音なんてないと思いたいんだけどな。

kaz




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