ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

シェーンベルク 

 

シェーンベルクの作品は昔から苦手だった。と言っても、そう沢山の作品を聴いてきたわけではないが、苦手意識はあったし、今もある。最初に聴いたシェーンブルク作品は、やはり声楽で「月に憑かれたピエロ」という曲だった。タイトルは素敵なのだが、曲は素敵だとは思えなかった。好きとか、嫌いという以前に作品から拒絶されてしまったような?

それでも偉大な作曲家とされているし、事実そうなのだろうと思ったので、ピアノ曲も一応聴いてみたりした。ピアノ曲は小曲が多いし、「月に憑かれたピエロ」ですべてを判断してもいけないだろうと思った。

このピアノ曲を聴いた時に、自分の感性を全否定されてしまったような感覚を覚えた。ピコピコと音が鳴っているだけ・・・という印象しかそこにはなく、僕はそこに「美」というものを感じなかったのだ。その時聴いたのがポリーニの演奏。ポリーニの演奏からは、シェーンブルクに限らず、あまり「美」というものを感じたことはなかったのだが、ポリーニのシェーンベルクの録音は代表的な名演とされていたので聴いてみたのだ。個人的な印象では、その作品、演奏は「人間的なものの排除、否定」という感じだったのだ。

エドゥアルト・シュトイアマンというピアニストの演奏には以前から興味があった。しかし、今まで積極的に聴こうとは思わなかった。シュトイアマンは日本ではお世辞にも有名なスターピアニストとは言えないだろうし、CDを探す手間もあった。それよりも、シュトイアマンはシェーンベルクの演奏で(海外では?)有名だったのだ。なので、あまり聴いてみたい・・・とは長い間思えなかった。

シュトイアマンのシェーンベルクは美しかった。この人はピアノをブゾーニに、そして作曲をシェーンベルクに師事した人だ。感情を否定してしまったポリーニの機械のような演奏と比べ、シュトイアマンの演奏には「美」というものが存在していた。ポリーニ、シュトイアマンというピアニスト個人の個性の違いというよりは、時代が求めた美そのものへの感性の違いがそこにあると感じたのだ。何故に僕は現代の多くのピアニストの演奏に感銘を受けないのか?その部分が両者の演奏の違いに現れているとさえ思った。

シュトイアマンのシェーンブルク、これは今では失われてしまった美しさなのではないだろうか?むろん、シュトイアマンの演奏を聴いても「きゃっ!シェーンベルクを弾いてみたい!」という欲求はさすがに起こらないが、過去と現代の感性を違いのようなものに、一種のカルチャーショックさえ感じている。

kaz




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