ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

楽譜とポンセル 

 

「これは何音符?」「二分音符?」「そう・・・何拍伸ばすの?」「???」「なんて飲み込みが悪い子なの?」「これはドでしょ?じゃあ、これは?」「レ?」「そう。それを鍵盤で音にしていけばいいだけのことでしょ?さあ、やってごらんなさい!」「???」「違うでしょ?何度説明させるの?」

小学生時代に習っていた僕のピアノはこんな感じだったかな?レッスンはこんな感じから抜け出せなかった。でも3年生の時に僕の楽譜人生は変わった。本物のショパンを聴いてしまったのだ。ローゼンタールやコルトー、ホフマン、フリードマン・・・

「なんて素敵なんだろう?こんな風に僕も弾いてみたい!」ショパンの楽譜を買った。そして弾いてみた・・・

「ああ・・・楽譜の仕組みって、こんな風になっているんだね!」その時に初めて分かったのだ。順序としては、普通の真面目なピアノ学習者とは逆読みで楽譜を読み始めたのだと思う。普通は、真っ白な状態で音符を音にしていく、そして曲らしきものに仕上げていく。僕の場合、頭の中には往年の巨匠のサウンドがこびりついていた。そして楽譜を見た。「ああ・・・このような弾き方、このような表現は楽譜だとこのように表記されるんだぁ・・・」みたいな感じだろうか?僕にとって、その時の楽譜、音符の連なりというものは、呼吸し生きていた。印刷された楽譜を読む・・・ではなく、極上サウンドは楽譜だとこうなる・・・みたいな。いわゆる逆読みだ。楽譜から語りかけてくるというか、香りがしてくる・・・というか、そんな感じだった。

その感覚をピアノのレッスンでも生かせればよかったんだよなぁ。でも僕は我儘な性格だったので、「ピアノの兵隊さん」みたいな曲を弾きたいとも思わなかったし、なので練習せずに、自己流にショパンやベートーヴェンばかり弾いていた。完璧に巨匠たちの真似弾き、なんちゃって弾きだったように思う。僕のピアノは今でもそうだ。きっとそうだ。当時の先生がショパンを弾かせてくれれば、どこかシュナーベル風の僕のベートーヴェンをレッスンでも弾かせてくれれば・・・

そう思うけれど、レッスンでは僕の欲求は却下されてしまったから、弾けなかった。「ショパン?あなたに弾けるわけないじゃない?」まぁ、そう思われても仕方ない。「ピアノの兵隊さん」や「バイエル」も弾けない、読めないのにショパン・・・なんて。

僕の現在のピアノ演奏に何かしらのものがあるとしたら、それは3年生から6年生までに自己流で楽しんだピアノ、そして聴いた音楽、主に良き時代の往年の巨匠の演奏が基礎になっていると言える。事実、その頃は楽譜を沢山読んだものだ。ピアノだけではなく、様々な種類の楽器や声楽曲の楽譜も購入して読んだものだ。

当時は、音楽の世界に導いてくれた医大生の紹介してくれる音楽や演奏に聴き惚れていたわけだが、自分でも「新しい音楽」というものを探そうとしていた。当時出会ったドナルド・キーンの著作は僕にとって大いなる案内役となったものだ。ご存知のようにキーン氏は音楽の専門家ではないが、大変な音楽好きで、特にオペラ愛好家としては熱烈なものがあった。キーン氏が紹介してくれる演奏家も、主に往年系の人たちだったので、文章を読んで実際にそれらの演奏を聴いてみたいと思ったものだ。

たとえば、このような記述があった。

ポンセルのレコードで読者諸君にお勧めしたいものがある。ローザ・ポンセルのレコードだ。出だしのトリルには胸の張り裂ける思いがする。音楽よりは音響に興味のある人以外は誰にでも楽しめるレコードだ。

「ローザ・ポンセル?知らないなぁ。でも聴いてみたい・・・」

RCAのLPレコードを見つけた。そしてポンセルの歌声に夢中になった。さらに、楽譜ではこの音世界はどのように表現されているのだろう?音符というものを、このポンセルという歌手はどのように処理しているのだろう?当時の僕にとっては足を踏み入れたばかりの大人の世界の場所、日本楽器群座店の楽譜売り場に通ったものだ。当時は地下が楽譜売り場で、どこか「専門家御用達」のような雰囲気があった。印刷の匂い、紙の、楽譜の匂いというものも心地よかった。今では、ここはどこかチャラチャラした雰囲気になってしまって残念だが・・・

ポンセルの歌っていた「ソプラノ・アリア集」や「ロシア歌曲集」のような楽譜を購入し、楽譜を見ながらポンセルの歌声を聴いた。「ああ・・・なんという音世界なんだろう」そしてこうも思ったのだ。「楽譜のこのような部分を強調すれば、ポンセルのような世界になるんだ」と。印刷された音符を読んで、単純に鍵盤に移していくのではなく、もっと3D的な感覚があった。「ポンセルは音の高低をこのように処理、表現している。休符ってこのような意味もあるんだ。フレーズの最後って、このようにすればいいんだ」みたいな?

その時以来、僕は楽譜が読めるようになった。音符の連なりから音世界を頭の中で鳴らせるようになった。僕は耳コピでピアノを弾いているわけではない。でも楽譜とサウンドとは、どこか一体化されている感覚がある。

kaz




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