ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

最後のパフォーマンス 

 

ベッリーニの「清教徒」、ベスト盤は、やはり色々な意味でカラスのものとなろうが、その他にも愛聴盤はある。例えばビヴァリー・シルズの「清教徒」がそうなる。シルズの歌声を聴いている時には、僕は完全にカラスを忘れている。人間の耳の順応性、受容性というものは大きなものなのだな・・・などと感じる。まぁ、味覚などもそうだと思うが。

クラシックの演奏家って、小さな頃から英才教育を受け、立派な音大を卒業し、有名なコンクールに優勝し・・・という感じの人が多いし、そうでないといけないみたいな、どこか固い雰囲気がある。声楽家はそうでない人も多いので、そこか好き。シルズの場合、子役歌手、子役俳優としてまず世に出た。クラシックの歌手としては、かなり変わったキャリアの持ち主でもある。母親がかなり熱心なステージママだったらしい。美空ひばり親子のような感じだろうか?このようなスタートだと、クラシックの声楽家として成長していくのは、なかなか困難な面もあるのが普通だが、シルズのただ一人の師、エステル・リーブリングの導きが素晴らしかったのだろう。シルズのある意味、マルチな才能を「おクラシック至上主義」的な考えで封印せず、彼女の長所を伸ばした・・・

歌手として大成してからのシルズは、その武器である極上の声と共に、どこか知性をも武器にしていたのは、彼女のキャリアの特殊性と関係があるのかもしれない。

母親は、熱心なシルズファンであった。ステージママだったのだから。でも父親は幼い頃からスポットライトを浴びる娘に複雑な思いを持っていたようだ。「舞台人生?・・・あの娘はまだ子どもなんだ。ドギツイ化粧をしてチャラチャラした衣装を着て歌う人生か?そんなの普通の人生じゃないよ」

ある公演を父親が聴きに来た。父親がいかにも嫌うような化粧をし、派手なドレスを着ていた。「また嫌われちゃうのかな?」でも娘の歌を聴いた父親はこう言った。「家に帰っておいで。歌のレッスン代だったら父さんがこれから払ってあげるから・・・」

アメリカではビヴァリー・シルズというオペラ歌手は慈善事業に熱心だった人としても有名だ。自分の子ども、たしか二人ともだったと思うが、重度の障害を持って生まれているのだ。彼女は歌手生活を続けながら、子どもを育て、そして慈善事業にも深く入っていった。

何故か日本ではシルズはあまり有名ではないような気がする。なので圧倒的な全盛期の彼女の歌唱を紹介したい気もしたが、あえてシルズの「さよなら公演」の時の映像を紹介する。引退公演なので、声そのものは全盛期を過ぎているのかもしれないが、このような舞台の歌唱では、その歌手の人生がすべて現れているような気もするからだ。小さなアンコール曲などに、歌手人生のすべてが濃縮されているような?そんな気がする。

「失敗したら、そりゃあ落ち込むことだってあるわ。でも挑戦さえしなかったら絶望的な気分にしかならないじゃない?」 ビヴァリー・シルズ




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category: あっぱれ麗し舞台

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