ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

左手を制する 

 

「ピアノ習ってるの?そうなんだ・・・で、どんなピアニスト聴いてるの?」

僕が持っているレコードなどを告げると、さらに彼は「そうなんだ・・・」と言った。彼が最初に聴かせてくれた演奏はショパンのワルツだった。おそらく、僕にとってはこの選択は良かったのだと思う。あまり曲も、いい演奏も知らない、ただのピアノを習っている、それも困ったチャンである小学生だったから。同じショパンでもプレリュードやバラードではなく、彼はワルツを聴かせてくれた。彼はショパンのワルツを聴きたかったわけではないだろうが・・・

そのショパンのワルツが僕のすべてを変えた、僕は目を開いたのだ。今時アレクサンダー・ブライロフスキーなどというピアニストは全く受けないのかもしれないが、その演奏は鮮烈なまでの印象を僕に与えた。「ああ・・・本物の演奏ってこういうことなんだぁ・・・」

それまでにも全音ピアノピースをこっそり購入してランゲの「花の歌」やワイマンの「銀波」などの曲はレッスンで弾いていたバイエルとは別に勝手に弾いたりしていた。耳に馴染んだサウンドを自分の指が再現しているという興奮があった。全音ピースを購入し、勝手に独習してしまうことに罪の意識はあった。「僕なんかが上手な人の真似をして、いけないことなんだ」みたいな意識があった。そんな僕が先生に内緒でショパンのワルツ集の楽譜を購入するのには勇気が必要だった。親に内緒で買い食いするような気分だった。ショパンなんて大人が弾くものと思っていたし・・・

「でも・・・弾いてみたい・・・」

ブライロフスキーの演奏には、聴いている僕の時間軸を揺るがすような魅力があった。「輝く音の連なり」にも惹かれたが、同じリズムの連続ではない、時間軸の変化に魅せられた。ブライロフスキーの真似をしようとしたのだ。まずは左手を真似すること、僕は左手だけを弾き続けた。「ブライロフスキーのように・・・」と。どうしてもピアノって右手の難しいパッセージばかり練習してしまいがちだ。飾りである「埋め草」ばかり練習してしまうというか。でも左手が機械的では演奏は拙いものになる。「ブンチャッチャッ・・・」みたいな?

独学だからこそ可能だったかもしれない、左手真似練習・・・

今でも、このワルツを弾いたとしたら、おそらくかなりブライロフスキーの真似が入ると思う。いけないこと、正統ピアノレッスンでは「やってはいけないこと」なんだろうけど・・・

kaz




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