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ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ニール・セダカに憧れて 

 

約6年間アメリカに滞在していた。自分自身はピアノは弾いていなかったけれど、音楽愛好家ではあったので、音楽は聴いていた。アメリカでしか購入できないような、ローカルな演奏家のCDなども集めたりしたし、プロの演奏会だけではなく、子どものピアノ発表会や、アマチュアの演奏会なども結構聴いたりした。

現在は日本でもピアノサークルに所属しているし、ピアノ再開時は全体傾向を知る目的で、日本のピアノ教室の発表会や子どものコンクールなども随分と聴いたものだ。上手く言葉で説明はできないのだが、アメリカと日本とでは、微妙に何かが違うのを感じた。国が異なることよりも、個人差というものを考えるべきかもしれないが、そのような個人差ということ以前に「ピアノ教育のありかた」みたいな根本的な違いのようなものも感じたりした。国民性の違いというものもあるのだろうか?それはあるのかもしれないが、それぞれが積み上げてきたもの、そして演奏、音楽そのものへの感じ方の違いみたいなものを、より強く感じた。「教育」だろうか?

大変大雑把、かつ乱暴な分類ではあるが、なんとなく思ったものだ。

日本ピアノ・・・指がしっかりしている。表現意欲が隠れている。(ただ音符を音にしてしまう)

アメリカピアノ・・・表現意欲がある。拙さもあるが、楽しそうに弾く。指がフニャフニャ・・・

日本のピアノ教室の発表会は、どこか「子ども中心」という感じがするが、アメリカのそれは、年代層の広さが日本よりはあるような気がした。男性比率も日本よりも多い。でも70歳ぐらいの男性がマイクを自らセッティングし、「弾き語りをします」と舞台で言った時にはアメリカでの光景としても珍しいな・・・と思った。

「1年前からピアノを始めました。それまではピアノなど自分の生活には関係のないものと思っていましたし、実際に関係のない人生を歩んでいました。実はピアノを習おうと思ったのは、妻が亡くなったからです。彼女はニール・セダカが好きでした。彼女が亡くなって穴が空いたような気持ちになり、自分もニール・セダカの曲をピアノを弾きながら歌いたいと思いました。できれば妻に聴かせたかったですが、でも今日は彼女も聴いてくれるでしょう。私の残りの人生を彼女は心配していましたから、今日ニール・セダカを歌うことで彼女に僕は大丈夫だから・・・ということを伝えられるのではないかと思います」

なんとなく感じる日米のピアノの違いのようなものを、これまた、なんとなく綴っていけたらいいと思う。

kaz




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