ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

サラダボウル 

 

コンスタンチン・イグムノフ門下にナウム・シュタルクマンという人がいる。個人的には、このピアニストのシューベルト~リストの諸作品の演奏がとても好きだ。とても歌曲というか、声楽が好きな人なのではないかと思う。他にも素晴らしい演奏もあるのだが、個人的にはシューベルト歌曲~リストがやはりいいかなぁ?

シュタルクマンの弾く「バター付きパン」の演奏。先の日本人ピアニストの演奏とは全く異なる雰囲気の演奏。なんとなく、フィガロの結婚、伯爵夫人のアリアを連想させる演奏だ。2幕の冒頭で歌われるアリアで、「楽しい想い出はどこへ」というアリアだ。やはりシュヴァルツコップの歌唱が最高なのかなと思ったり、個人的にはキリ・テ・カナワの歌唱も好きかなぁ・・・などと思う。共通しているのが調性で、ハ長調の曲。このアリアは、不貞ばかりを続ける旦那(伯爵ですね)を持ち、昔は愛があったのに・・・と嘆き悲しむアリアなのだ。アッケラカ~ンと歌ってはいけないアリアでもある。でも短調の曲ではないんだよね?ハ長調・・・

シュタルクマンの演奏の方に、より「僕のこと好き?本当に?寂しいんだ・・・」というモーツァルトを感じる。キャピキャピしていないというか。

「豊満、豊潤な和音の響きの中で、クリスタルクリアな音が浮かび上がる。そのクリスタルの音は底まで打ったというバリバリという感じではなく、狙ったというコロコロという軽さを伴う」個人的に理想とするサウンドを言葉で表現するとこのようになる。偶然にもピアニストの中村紘子氏も理想サウンドについて似たような表現している。言葉を変えると、旋律と和声が、どこか似ていて混沌、曖昧な演奏は好きではないということだ。多くの日本人ピアニストの演奏が苦手なのは、この部分からきているのだと思うし、「コロコロ」要素を感じるのは、現代のピアニストよりも往年のピアニストから感じるから往年系の演奏に惹かれるのだろうと思う。なんだか、現代のピアニストは、どこかバリバリ・・・と感じてしまう。高速だけど重いのねぇ・・・

本来は「サラダボウル」であればいいのだと思う。レタスはトマトではないし、それぞれの味がある。多種類の味が主張しているのが望ましい。いくら好みの味だからといって、カボチャだけがド~ンとボウルの中に存在していたらツマラナイ。レタスは間違いでトマトが正しいということもない。社会もそうなればいいと思うし、演奏に対しての評価もそうなればいいと思うが難しいかな・・・

トマトが絶対・・・ということはないのだから、自分の好みを無視してまでトマトを追うこともない。私はレタスだと思ったら、レタスを追えばいい。

僕はシュタルクマンの「バター付きパン」が好き・・・だからシュタルクマンという、日本では、あまり知られていない個性を紹介したいと思うのだ。

kaz




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category: ピアノ雑感

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