ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

重力奏法と音のクリアネス 

 

最近は重力奏法が主流なのだろうか?脱力という言葉も当たり前のように使われるようになった。これは、バイエルのような昔の教材批判の流れに共通する動きでもあるように思う。指の上下運動だけで、大きな音でチェルニーやハノンをバリバリと弾いてしまう、同じような奏法でショパンやラヴェルも弾いてしまう・・・それしか奏法としては存在していなかったのだとしたら、そうなるだろう。そういった過去からの反省。反省はいいことだと思うが、あまりにも皆が一定方向を向いてしまっていないだろうかという疑問をも持つ。

「脱力しましょう」「腕や身体の重みを感じて・・・」「指だけの弾き方は古い奏法です」

個人的には重力奏法も、指のアジリティも、両方必要だと思う。どちらかが正しいということはないと思う。指で弾く場合、コントロールが難しいので偶発性に依存することになりがちだ。特に指を曲げて上下運動を多様すると、音のニュアンスを出すのは非常に難しい。指を伸ばす重要性は、指の付け根の意志力みたいなものが必要だからだと思う。でもこれには訓練が必要だし、指の力が弱い子どもなどには厳しい面もあるように思う。かつての指運動のようなチェルニー奏法でショパンをそのまま弾くと、何というか非常にハマらない。ショパンの場合、手の重み、腕の重みの平行移動のような奏法も必要になってくる。ショパンの曲にやたらと調号が多いのも、重力移動での弾きやすさというものをショパンが考慮したからではないかと思う。

リストの曲には、重力移動だけでは弾けない曲も多い。指のアジリティ、瞬発力がないと弾けない曲。でも無理してチェルニー奏法で弾こうとすると、跳躍も和音も多いので、指や手を壊してしまう可能性もある。でも重力移動だけで弾くと、音のクリアネスに欠けるので、「音の大狂乱」のような演奏になってしまいがち。ラフマニノフなんかもそうかな?

最近は「○○奏法が主流なんです」「そうなんですね?アンテナを張って時代の流れに取り残されないようにしなくては!」何というか、そのような空気を感じる。なので皆が「重力奏法」「脱力」と一定方向に向いてしまう。両方必要・・・ではいけないのだろうか?

指で弾くと音はクリアになる。曲の輪郭のようなものは、はっきりするだろうと思う。重力奏法の利点は指のコントロールの偶発性に比較すれば、腕の重みは誰でも一定だから、スライドしていけば、音色は一定さを保持することができるし、響きも作りやすい。でも音のクリアネスには欠ける・・・

やたらと重力奏法に依存してしまう例としては、子どものコンクールがあるように思う。例えば、小学3年生といっても、身体や指の大きさは各々個人差があるだろう。身体が小さな子の音はやはり小さい。身体が出来上がっていないのだから、当然のような気がする。でもコンクールのような、皆が同じ条件で比較される場であると、どうしても音の小ささというところが不利になってくる。なので身体を使う。ピアノに覆いかぶさるようにして、身体中で弾こうとさせる。音量増大は期待できるかもしれないが、古典派のソナタやソナチネを大袈裟に身体中で演奏する子どもの姿は、どこか無理無理な感じもして、哀れな印象さえ持ってしまう。「待ってあげませんか?小学校時代でピアノは終わってしまうわけではないんだから」などと僕は感じてしまう。

やたらと重力奏法という名で、水泳ですか・・・のような弾き方を強要するのもどうなのかと思うし、指の上下運動を根性弾きさせて、「手が痛いんですが?」「痛くなっても弾きなさい」などというのもどうかと思う。

両方必要ではダメなのだろうか?時を待ってあげてはいけないのだろうか?奏法って一つのもので統一すべきなのだろうか?

kaz




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コメント

 

統一しなくてもいいんじゃないかな

時代によってもピアノのアクションなどが違うんだから、全部同じ奏法で演奏するのもおかしな話だと思うのですが。

チェンバロを最近少しかじってますが、ピアノの奏法でチェンバロ弾くと音がいい感じにならないですし。(かじりはじめなので、まだ細かい部分の注意はできてないんですが)

私の先生はベートーヴェンとショパンを全く同じ弾き方で弾くのはおかしいと以前おっしゃっていて、レッスンでも同じ奏法は使わないのですが、それが普通なのではないのでしょうか・・・。

なかつかさきこ #QFk3YRjk | URL | 2016/01/08 15:24 | edit

なかつかさま

作曲家別に弾き方を変えるというよりも、場面ごとに変わるという感じでしょうか?○○奏法という概念は実際に存在していると思います。色々と主張している人はいますから。どのように弾いても各自の勝手だとは思いますが、「鍵盤の底までしっかり弾きなさい」ということが、いまだに言われている現場があるのならば、言われて実践し、忠実にそれを守った結果、手が痛くなったとか、それではマズイとは思うのです。

残念ながら、奏法に「あてはめる」という考えは存在しているのが事実です。若いうちはいいかもしれませんが、加齢とともに弾けなくなる弾き方というものもあると思います。

kaz #- | URL | 2016/01/08 16:53 | edit

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