ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

私的フィギュア世界 6 

 

最近・・・といっても、もう5年も前だが、僕にとっては最近の演技で印象に残っている男子シングルの演技が、アメリカのライアン・ブラッドレイ選手のフリー演技。ご本人はむろんジャンプの練習を積んできたのであろうが、そのようなことよりも、振付や動作が印象に残ったプログラムだ。

なんとなく日本人にとっては地味というか、あまり知られていない存在なのかもしれない。ちょうどウィアーとかライサチェク、そしてアボットが活躍していた頃の選手で、彼らの影に隠れてしまった印象がある。

なんとなくアメリカの選手って「タフだなぁ・・・」などと感じることがある。昔、エレイン・ザヤックという選手がいた。現在の選手を悩ませる(?)、あの「ザヤック・ルール」は、エレイン・ザヤック選手からきている。ジャンプの非常に得意な選手で、1980年代初め、トリプルはプログラムに2回程・・・という女子シングルの世界で、7回もトリプルを盛り込んだプログラムでジャッジや観客を驚かせたものだ。僕としては2A-3Tという当時としては高難度のジャンプを鮮やかに決めていたのが印象に残っている。世界選手権で優勝もしている。でも彼女、足の指を幼少の頃切断しているんだね。身体を鍛えるためにスケートを始めたらしい。それで世界チャンピオン。また、デヴィ・トーマスという選手にも驚いたものだ。彼女も世界チャンピオンになっているが、彼女は当時医学部の学生だった。アメリカの大学に留学経験のある身としては、大学、それも医学部の勉強とスケートを両立していたということが驚異的だ。彼女は現在は当然というか、医師である。

タフ・・・というか、ガッツがあるというか・・・

アメリカのフィギュア界って、とても盛んというか、明るいというか、競争が激しいというか、そんな気がするのだが、昔、アメリカのフィギュア界に悲劇が襲ったことがある。サベナ航空機墜落・・・アメリカフィギュア界は、なんとなくそこから這い上がったという印象を持つ。

1961年、アメリカの世界選手権代表全員の乗った飛行機が墜落し、選手、コーチ、ジャッジ全員が死亡するという事故があった。どのような損失だったのだろう、もう想像できないほどだ。前年のオリンピックで有名選手が引退し、若手の希望溢れる選手が犠牲になった。当然、その年のプラハでの世界選手権そのものが中止となった。想像もすべきではないが、もし今シーズンの日本の世界選手権代表の選手たちが同じ運命を辿ったら・・・当時のアメリカ国民の気持ちは分かる。それがどのようなものであったか・・・

全米選手権で3位となり、代表権を得たティモシー・ブラウン選手は墜落したサベナ航空機に乗らなかった。インフルエンザに罹り世界選手権への出場を辞退したのだ。全米で4位だったダグラス・ラムゼー選手に代表の座を譲ったのだ。そしてラムゼー選手は帰らぬ人となった。

ブラウン選手は、事故後、ラムゼー選手の遺族に手紙を書いている。「私が無理にでも出場していれば、あなた方の息子さんがなくなることはなかった。申し訳ない・・・私が生きることになって申し訳ない・・・」ダグラス・ラムゼー選手は16歳だったのだ。生き残ったブラウン選手は、その後若くしてエイズで亡くなっている。このあたりは華やかなアメリカフィギュア界の哀しい歴史のように思う。

・・・と、全くブラッドレイ選手とは関係のないことを書いてしまったが、このユーモラスな演技から、なんとなく明るさを支えている強さのようなものを感じたのかもしれない。

kaz




にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: The Skaters

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top